日本の火山リスク評価の展望
早川由紀夫
東大地震研究所研究集会 2001.7.25 (20分)
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日本の火山リスク評価の展望をお話します。
もっぱら長期的リスクの評価について論じます。火山危機が発生したときの対応については論じません。
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リスクは、ハザードと発生確率の積であらわされます。
(いまここで使うハザードとリスクの語は、従来の自然災害学で使われてきた用法とややちがいます。リスク・コミュニケーションでの用法に従っています。)
ハザードとは、地学現象によって引き起こされる損失です。たとえば噴火災害や地震災害がそれです。
ハザードに発生確率をかけたものがリスクとして定義されますから、リスクとは、損失の期待値だということができます。
環境リスク論で有名な中西準子は、「我々は、ハザードではなく、リスクを管理しなければならない」と言っています。
ハザードの管理に目を奪われると、たとえば、次のような弊害が発生します。
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行政官はよく、「万全を期す」といいます。
「どんなことになっても絶対安全を保証する」というわけです。
しかし、火山では、これがうまくいきません。
・火山のハザードは、ときに、途方もなく大きい。たとえば、シラス台地をつくった噴火は南九州を壊滅させました。東京にも火山灰が降って、10センチ積もりました。
・どうやって対策したらよいか、途方もなくて方法がまったく考えつかないのが火山の巨大ハザードです。
・しかし、ハザードの存在を知っていながら対策してないと、いざ損失が発生したとき、(ジャーナリズムから)責任を追求されます。
・だから、知らなかったことにしよう。また、そのようないやなことは知りたくない。知らなかったのなら責任を問われないだろうと、行政官は考えます。
・「万全を期すことができない危険は存在しないことにする」これが有能な行政官の論理だと言ったら、叱られますか?
シラス台地は中学校の地理で習うけど、それをつくった火山噴火をリスクとしては認識しない、というのが、この国でいま実際に採用されている考え方です。
私は、この考え方を変えるべきだと思います。そのためには、ハザードを管理するのではなくリスクを管理するように意識を改革すればよいのだと思います。
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ここで中西準子の環境リスク論の考え方を簡単に説明しましょう。
ダイオキシンは毒物であるから、たしかにそれは人体に対してハザードである。
しかしダイオキシンを撲滅することによって他のリスクが増大して、トータルにはリスクが増大するかもしれない。
もしそうなら、ダイオキシンを一定濃度まで許容するほうが合理的だ。
ダイオキシンを一方的に拒絶するのではなく、相手の素性・特徴をよく知り、それとつきあっていこうというわけです。
火山リスクにたいしても、同様のつきあい方が求められます。
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人の死を避けられないものとして受け入れる。
「損失余命」の算出をする。
発生確率をだいたんに見積もる。
リスク評価は、徹底的に数量的におこなうのがよい。
リスク管理は行政にかかわる。リスク管理をすることは、国を変えることになる。
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私たちは、まず、火山国に住んでいる限りは、火山リスクをゼロにすることはできないと知ることが重要です。
リスク管理では、絶対安全を認めません。リスク・コミュニケーションではこれを、「ゼロリスクはない」といいます。すべてのことがらには、多少の違いはありますが、かならずリスクが存在します。ここでリスクを具体的にいえば、「人の死」ということになりましょう。
人は、常に死ぬかもしれないリスクを負いつつ、毎日を暮らしているのです。ふだんはそのリスクがとても小さいから、ゼロにほとんど等しいと錯覚しているのです。(すくなくとも専門家は)死をもっと身近に感じるべきです。
また、「人の命には無限の価値がある」という建前を捨て、人の死を、避けたいが避けがたいものとして受け入れることが必要です。そして、冷酷なようですが、火山リスクを死者数で表現することにします。
きょうの私の話では、リスク管理までなかなか行き着きません。リスク管理の前段となるリスク認識とリスク評価が火山ではいまどのような状況にあるかを、これから説明します。
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火山ハザードの発生頻度を正確に見積もることはとてもむずかしい。いまここでは、ハザードの発生年代の逆数でそれを近似してみましょう。最近起きたことはまた起こるかもしれない。大昔に起きただけのことは、この先もめったに起こらないだろう、と考えるわけです。
(この考え方は、活断層調査による地震発生確率みつもりとはまったく逆の考え方です。活断層では、動いたばかりの断層はこれからしばらく動かないだろう、長い間動いていない断層はまもなく動くかもしれない。満期が近い、と考えます)
さて、この表では、ハザードを「いまその災害が起こったときの死者の数」で表現しています。シラス(姶良入戸)の噴火のハザードは300万です。300万人が1時間くらいで死ぬハザードです。この噴火は2万8000年前に起こりましたから、割り算するとリスクは107となります。死者数を2万8000年間にならすと、毎年107人ずつ亡くなった計算になるというわけです。
同程度のリスクが、1万5000年前の十和田湖の噴火、8万7000年前の阿蘇の噴火にあります。
それより年代がずっと若い榛名山6世紀や富士山の2500年前のハザードのリスクのおよそ6割に相当します。同程度のリスクだと言ってよいでしょう。
2万4300年前の浅間のリスクや、5万2000年前の箱根のリスクは、これらより桁違いに小さいといえます。
このようなリスク比較をしてはじめて、シラスの噴火のリスク管理を私たちはどうすべきかの議論に進むことができます。
(208年前の雲仙眉山のリスクが大きく表現されていますが、これは、発生年代の逆数を発生頻度にしてみるこの方法が妥当である範囲外なのかもしれません。)
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あまり知られていませんが,火山のリスクを定量的に評価しようとする試みが,UNESCOのプロジェクトして1980年代初めにありました.そのプロジェクトのなかで北海道大学の横山泉が中心になって,高リスク火山の認識基準を提案しました.そして,その基準によって選び出した高リスク火山名の名前を公開しました.
その認定基準は,17項目からなります.過去500年間に大きな爆発的噴火があった,火砕流があった,過去5000年間に‥、火山周辺に100人が住んでいる,1000人が住んでいる,などからなります.
17項目すべてが当てはまる火山はありませんでした.イタリアのベスビオが16点で最高点をあげました.15点火山は,パプアニューギニアのラバウル,インドネシアのメラピ,アメリカのセントヘレンズなどの13の火山でした.日本の火山では,桜島(14点)が最高得点で,浅間山(13点),有珠山(13点),富士山(12点),北海道駒ヶ岳(11点),雲仙岳(11点),磐梯山(10点),十勝岳(10点)が表に名前をみせました.
このような,明確な基準に基づいて個々の火山のリスク評価をする試みは,もっとなされてよいでしょう.そのときは,評価基準をもっと明解な物理量に近づける努力が必要でしょう.リスクにさらされている住民の数と,災害の発生確率は,その中にぜひ組み込むべきパラメータだと言えましょう.
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アメリカの地震リスクマップです。
このような形式の火山リスクマップを、日本全土を対象にしてつくるのが、いま最優先に取り込むべき重要課題のひとつだと考えます。
この図では、
今後50年間に10%の確率で発生すると考えられる地震加速度の強さが、色分けされています。
赤色は重力加速度の50%程度、
黄色は重力加速度の20%程度です。
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火山リスクマップは、どんなものがアメリカにあるでしょうか?
アメリカ北西部、カスケード山脈にある13の火山のいずれかが噴火して、火山灰が10センチ以上降り積もる確率を示した図です。「1年につき」の確率ですから、10^-3だと、0.1%だということになります。
これは、1987年に公表された図です。
わが国でも火山ハザードマップが、アメリカに遅れること10年で、国主導でいくつかの火山で作られましたが、確率的概念を導入して作られたマップはほんのわずかです。
なにが足りないのか?
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ハザードの発生確率を精度よく見積もるためには、過去に起こった火山ハザード(多くは噴火)の事例をできるだけたくさん集める必要があります。これが、基礎データとなります。
私が集めた最近2000年間の噴火カタログであす。およそ400の事例について、噴火年月日・規模・死者数を収集しました。おもに古記録によります。
これとは別に、噴火堆積物であるテフラをもちいて最近100万年間の噴火カタログも整備しています。そこには約1000の噴火が登録されています。
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合計1400余の事例から、火山噴火の規模と発生頻度の関係を調べました。
この図の見方を詳しく説明する時間はありません。
右端にある破線だけを見てください。
横軸が規模(マグニチュード)、縦軸が1000年あたりの噴火回数です。
M4の噴火は、日本全体で、1000年間に100回起こります。
M5はM4の10倍規模ですが、1000年に10回しか起こりません。
M3.5以上では、噴火規模と発生頻度に逆比例の関係があることがわかりました。
M3.5以下の噴火は、頭打ちになって、規模が10分の1になっても、回数が10倍になることはありません。2倍にしかなりません。これは、噴火の規模がいくらでも小さくなれるわけではない(少量のマグマでは地表に噴出できない)と予想されることと、調和的です。
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過去の噴火事例が比較的よくわかっている火山の場合は、「1年以内に噴火する確率」を計算することができます。
特別の例外二つ三つを除いて、日本の火山はめったに噴火しないものです。静かなのが日本のような島弧の火山の特徴です。ですから、1年以内に噴火する確率はほとんどの火山が1%以下になります。噴火しない確率が99%以上になります。つまりふつうの日本の火山は、何百年に1回しか噴火しません。
噴火の確率を規模ごとにあらわしてみますと、火山ごとの個性がみえてきます。
十勝岳は小さな噴火を頻繁にします。大きな噴火はほとんど考えられません。
十和田湖は大きな噴火をときどきします。小さな噴火はほとんど考えられません。
有珠山は、その中間の性質をもっています。
十勝岳は小さな噴火を頻繁にしますが、その活動度(最近1万年間に噴出したマグマの量)は十和田湖や有珠山に比べると10分の1以下です。
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日本の火山リスクマップの例として、群馬県4火山について、わたしが1993年に作ったマップをごらんにいれます。4火山とは、浅間山・草津白根山・榛名山・赤城山です。
過去100年間に人の生命を脅かすハザードがあった地域を赤で塗りました。
1000年前までさかのぼったのが、オレンジ。
1万年前までさかのぼったのが、黄色。
3万年前までさかのぼったのが、緑です。
ここでも発生確率を年代の逆数で近似しています。
発生確率の見積もり精度を向上させる努力も必要でしょうが、年代の逆数という簡便かつ明確な方法で日本全国を同一基準でマッピングすることに、わたしは意義を感じます。
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性質の異なるリスクの大きさを比較するときには、短縮される寿命の長さすなわち損失余命であらわすことがしばしばなされます。
現代自動車社会を生きる人は、交通事故によって寿命が117日短縮されても仕方ないと思って暮らしています。
がんは、死因のトップですが、その損失余命は交通事故の4倍の438日です。このリスクは、その撲滅を国家プロジェクトにするだけ十分大きいと社会が認めていて、毎年巨額の投資がなされています。
火山災害による損失余命を計算してみます。1万年に1回壊滅打撃を受ける地域にすんでいる人は、交通事故と同じだけの損失余命をその火山災害に覚悟してそこで生活しているのだといえます。
2000年に一回生命を脅かされる地域にすんでいる人は、がんのリスクと同じだけのリスクを火山災害について負っているといえます。
したがって、そのような火山災害を事前に予知して、住民を安全なところに避難させることを国家プロジェクトにすることは妥当だといえましょう。
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さて、評価されたリスクをどう管理するか。
まだ考察が不十分ですので、途中報告としてお聞きください。
法律・慣習・柵による規制が選択されるかもしれません。
法律によるときは、憲法で保証された基本的人権との兼ね合いが問題になるでしょう。
リスクの内容を一般に広く周知して、市場原理に任せることになるかもしれません。土地の値段を介してリスク管理することになります。このときは、市民が非科学的・感情的反応をしないように、社会心理学的なきめこまかい対応が必要になります。
リスク・ベネフィット原則
リスクはかならず何らかのベネフィットをもっています。リスクを削減すると、同時にそのベネフィットも消失してしまいます。ですから単位ベネフィット当たりのリスクで評価するのが合理的だと考えられます。火山リスクのベネフィットの代表は観光です。美しい景色と温泉の恩恵は、火山リスクと裏腹の関係にあります。
それから、次の世代を担う子どもたちに、学校で適切な火山防災教育を施すことも必要でしょう。