2003.
9.29
2003年9月南関東地震予報の学際的評価(初版)
早川由紀夫(群馬大学教育学部)
1.電磁気学的な地震予知と串田FM電波法
日本の地震学界において,電磁気を利用した地震予知はあまり信頼されていない.VAN法を用いた地震予知がギリシャで成功していると伝えられるが,その成功を認めない地震学者のほうがむしろ多数派であろう.VAN法に肯定的な少数の学者たちはSEMSというグループをつくって,電磁気学的観測によって地震前兆をとらえようと努力している.しかし,その試みに冷淡な目を向ける地震学者が大勢いるのが実情だ.現時点では,電磁気学的観測は,わが国の地震予知計画のなかで傍流のひとつにすぎない.電磁気学的手法による地震予知研究の最新事情について詳しく知りたい人は,長尾(2001)を読むとよい.
SEMSには,大学や国立研究機関に所属する人だけでなく民間人も参加している.民間で行われている電磁気学的観測の中には,とんでもないものも含まれているが,串田嘉男さんが観測しているFM電波信号の中には未知の地震前兆が含まれているのではないかと期待する地震学者が,SEMS会員を中心に,相当数いる.そのうちの何人かは,串田さんと同様の観測を自分でも始めていて,FM電波法の有効性を検証しようと研究を進めている.
こういった背景の中,串田さんが2003年9月7日21時頃にインターネットのホームページで,「9月16,17日±2日に南関東でM7.2の地震が起こるかもしれない」と明記した予報を公表した.
串田さんによるこの公表を受けて,SEMSは「FM電波観測で捉えた地震関連異常に関する検討会」を9月12日に八ヶ岳南麓のホテルで開催した.串田さんは,そこに集まった120人と多数のテレビカメラの前で1時間半の講演と質疑応答を行った.
2.串田FM電波法の信頼度
串田嘉男さんは,たくさんの彗星や小惑星を発見した実績をもつ高名なアマチュア天文家である.日本各地のラジオ放送局から発信されるFM電波を観測した地震予報を1995年から行っている.予知情報は,会員にのみファクスで伝えられる.串田さんが発信する地震予報に信頼を寄せる会員は多く,毎月5000円を払っている会員が1000組を超えるという.串田さんは,この会費収入に頼ってFM電波観測を維持運営している.今回の予報は,予想した地震が本当に起きた場合に発生するだろう被害の深刻さから考えて,例外として一般に公開することにしたと串田さんはいう.
FMラジオ局の電波を利用した串田法でなぜ地震が予知できるのか,そのメカニズムはわかっていない.串田さん自身は,地震前に上空の電離層と地表が巨大なコンデンサーになるとする仮説を提出しているが(串田,2000),それが妥当かどうかの検討はほとんどなされていない.このことを彼は認めていて,12日の検討会では「メカニズムはわからない」と述べた.
観測した異常と地震発生の因果関係を説明するメカニズムがわからなければ,それは地震予知であるとは認められないとする意見がある.しかしこれは狭量な見方だ.たしかにそれは科学でないかもしれないが,科学でなくても,経験に頼って未来をうまく予知することができる方法があるなら,それを利用したほうがよい.工学はこういう立場をとって社会に貢献する学術分野である.地震予知の実現を理学だけに頼る理由はどこにもない.目的を達成するために,工学の分野に足を踏み出すことはむしろ推奨されてよい.
串田FM電波法がほんとうに当たる地震予知技術であるかどうかを以下で検討してみよう.串田さんは,自分が過去に出した予報がよく当たったという.的中率80%という評価も聞こえてくる.しかし予報の的中率を,予報した本人の自己申告だけに頼って判断してはならない.他人による客観的な検証が必須である.
吉野ほか(1999)は,串田さんが1995年7月から1997年12月までにファクス発信した予知情報のうちM5以上の地震を予想したすべての当たりはずれを調べた.それによると,対象となった予報のうちの11%が時刻・場所・規模の地震三要素ともに当てたという.もし本当に11%の確率で地震予報を的中させているなら,串田さんが観測している信号の中に地震前兆が含まれている可能性が十分に考えられる.しかしそう結論する前に,予報の当たりはずれをどのような基準で判断したか,吉野ほか(1999)論文を入手して詳しく検討する必要がある.
串田さんとその関係者がホームページで公開している予報を一年分まとめて,翌年の地震カタログと比較したひとがいる.その年の地震カタログでなく,一年ずらした地震カタログと比較したところが巧妙である.その検証の結果,一年ずらした地震カタログと串田予報を比較してみても,本来の年の地震カタログとの比較と同じ程度の的中率が認められたという.もしこれが本当なら,串田予報は,地震前兆にもとづいて発信されているものではないことになる.現時点では,この検証をしたのがだれかを明らかにすることはできないが,串田さん自身が12日の検討会でこの検証行為が実在することを認めている.串田さんは,「東京大学地震研究所から過去2回に渡って検証結果を書いた手紙をもらった」と述べた.
このように,串田予報の的中率の評価はまだ定まっていない.よく当たると評価するひともいれば,とくによく当たっているわけではないと評価するひともいる.串田予報にまつわる関連情報の流通をよくする努力を含めて,さらに詳しい検討が必要である.
また,出した予報が当たったかどうか(的中率)だけでなく,地震の前に有効な予報が出せたかどうか(警告率)を評価することも必要である.吉野ほか(1999)によると,串田予報の警告率は9%であるという.
3.串田予報の心理学的考察
認知心理学者である菊池(1998)は,古今東西に現れた大予言者たちが唱えた予言に次の特徴が多かれ少なかれ認められることを指摘した.
・ たくさんの予言をする.予言を受け取ったひとは,当たった予言に強く印象づけられ,外れた予言はまもなく忘れ去られる性質を利用する.
・ あいまいな予言をする.理由を後付けして,予言が当たったことにしてしまう.
・ できるだけ反証されにくいかたちで予言する.
・ 予言が当たった証拠を強調する.ひとはふつう,予言がはずれた証拠を探すよりも,予言が当たった証拠を探す性質がある.この確証バイアスを利用して,はずれた証拠から目を遠ざけさせる.
・ 予言を多数のひとに受け取ってもらい,その中から,当たったと感じてくれる人の声をすくい上げて喧伝する.
・ 悪いことを予言する.悪い予言がはずれたとき,ひとは,「悪いことが起きなくて,よかった」と,予言の失敗責任を追及することなく,むしろ感謝する.
・ 人命を救うなどの普遍的正義に沿った予言を行う.はずれても,必要やむをえない警告だったと許してもらえる.
串田さんが今回公表している一連の南関東地震予報を読んだだけでも,その中に上に挙げた特徴のいくつかを認めることができる.上に挙げた特徴すべてを具体的に説明する責任が私にはあるが,いまは時間的制限のため,できない.ひとつだけ例示しておこう.
今回の予報番号は1057-1だという.1057は,過去およそ8年間に串田さんが出した予報の数であると解釈してよいだろう.1年あたり132予報である.会員には2−3日おきに予報ファクスが送られているようだ.これは,会員にとって十分すぎるほどたくさんの予言だ.
私が上でした指摘の当否は,ホームページで公開されている過去の予報レポートも含めたできるだけ多くの関連資料を,あなた自身が読んでそして見て判断していただきたい.串田さんが出す予報は,地震をよく当てているように情報受信者を錯覚させている可能性が強いと私は考えている.その魔法に,串田さん自身もかかっているのではないか.
過去の予報レポートは,いま,ホームページで飛び飛びの番号で部分公開されている.公開されている予報レポートにも黒で塗りつぶして読めなくしてある箇所がある.会員に送信された予報ファクスを一定期間分すべて入手できなければ,的中率や警告率の統計学的検証だけでなく心理学的検証も十分にはできない.それが可能となっていない現状では,統計学的判断は留保するとして,上記の心理学的考察が突きつけた状況証拠を私は無視することができない.
ホームページで公開されている地震前兆検知公開実験の参加規約によると,会員が過去の予報ファクスを他者に手渡そうと欲するときは,事前に串田さんの許可を得なければならないことになっている.いまとなっては,串田さんは,この縛りをすみやかに解除する社会的責任があろう.
なお串田予報の的中率の高さが,心理学的バイアスによるみかけの現象だったとしても,串田さんが観測している信号の中に地震前兆が隠されている可能性を否定しない.その可能性は,別途検討されるべきである.
(未完)
→ 社会現象としてみた2003年9月の南関東地震予報(2004年5月12日)
引用文献
菊池聡(1998.8.5)予言の心理学-世紀末を科学する.KKベストセラーズ.
串田嘉男(2000.9.1)地震予報に挑む.PHP新書
長尾年恭(2001.2.9)地震予知研究の新展開.近未来社.
吉野千恵・長尾年恭・上田誠也(1999)FM電波を用いた短期地震予知法(串田法)の評価.東海大学海洋研究所研究報告,20,41-60.
参考資料
9月12日検討会での串田講演
TOKYO FM iivチャンネル動画http://www.iiv.ne.jp/news/
過去の串田予報レポート(部分)http://epio.jpinfo.ne.jp/news/index.html
今回の予言http://epio.jpinfo.ne.jp/
2003年9月の日記
9月7日21時頃 串田さんがホームページに地震予報掲載
9月8日 週刊朝日 9月中旬M7.0以上 関東大地震説の確度(4ページ)
9月12日13時 八ヶ岳で検討会を公開で開催.参加者120人.
9月13日 毎日新聞 地震予知:16日前後に南関東で発生? 研究者が討論会
9月13日 読売新聞 地震前FMよく聞こえる!? 学者らが議論
9月13日 東京新聞 「関東で強い地震の可能性」確率60%予測撤回
9月15日1736-1741 テレビ朝日スーパーJチャンネル.「南関東で地震」は本当か?
9月15日 CNN-AP:
Astronomer tips major Tokyo quake
9月15日 VOA
(Voice of America):
Astronomer Predicts Major Quake in Japan
9月19日 テレビ朝日,昼のワイドショーでの取り上げを急遽中止.
9月20日1255 千葉県南部でM5.7地震,震度4
9月21日1856-2055 テレビ朝日「緊急サバイバル特番! 巨大地震は必ず来る!!」
9月23日0840 串田さん,フジテレビのモーニングショーにスタジオ生出演
9月26日0450 十勝沖地震M8.0,震度6弱