群馬大学教育学部卒業論文(1998.2.1提出) えりあぐんま1997掲載
1、はじめに
1995年1月17日早朝、兵庫県南部地震が関西地方を襲った。これを期にマスコミを通じて地震や防災についての情報量が増えたように思う。また活断層調査が数多く行われるなど地震に大きな関心が持たれるようになったのではないか。防災に関心が向けられている今だからこそ地震災害と火山災害について考えていきたい。
私たちは地震活動や火山活動によって被害を受けることがある。このような自然災害っはなくすことができない。そのために被害を最小限に抑えるための防災対策を立てる。だが、防災には莫大な費用がかかるのですべての災害に同じように費用をかけてはいられない。各都道府県の特性にあった防災対策を立てる必要がある。また特性を知るためには様々な角度から災害について検討する必要がある。
ここでは、地域に依存する脅威を地震災害と火山災害の都道府県別被害死亡者数に注目して検討した。
2、過去200年の都道府県別地震死亡者数
地震災害については過去200年の地震を宇佐美(1987,1996)からとりあげ都道府県別に死亡者数の合計を算出した(表1)。表1は、明治以降は気象庁観測所データを用い、明治以前は複数・不十分の資料を宇佐美氏が編纂したデータをもとに作成したので、明治以前についての信憑性は薄い。ここでは死亡者数を数値で表したいので明治以前の資料において「死者あり」は多少が不明なので人数にいれず「約30」や「30人余」は30として人数にいれた。資料によって死亡者数の違うときは多い方を採用した。津波による死亡者数も含んでいる。また行方不明者の記録は死亡者としてデータにいれた。なお、表1の地震番号・名前・年月日(グレゴリオ暦)・M(マグニチュード)は宇佐美(1987,1996)に従い、*印のある地震番号は津波を伴う地震を表す。
図1から分かるようにフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界では100-150年周期で地震が発生している。データは過去200年間なのでこのような海洋プレートの沈み込み起源の地震はカバーできていると考える。しかしプレート内の地震は1000年に1回程度なのでこのデータでは偏った見方になる。
表1から死亡者をだした地震(以下死亡地震)は全部で112回であり、都道府県によって死亡者数に大きな格差があることがわかる。特に山口・福島・佐賀は死亡者0であり、岩手・東京・神奈川は死亡者10,000をはるかに越えている。死亡者を大量にだした地震はそれぞれ、明治三陸地震津波(1896 岩手)、関東大震災(1923 東京・神奈川)である。表1を視覚的にとらえやすいようヒストグラフにしたものが図2である。図2は死亡者100以上の都道府県においてわかりやすい。さらに、死亡者100以下の都道府県についても視覚的にとらえやすいよう図3に示した。図3は図2と同様に死亡者の多い都道府県についてわかるが死亡者100人以下の都道府県についてもわかりやすい。特に北関東・中国〜九州地方にかけて死亡者が少ないことがわかる。
次に各都道府県ごとに主要地震名と発生年・死亡者数を表2にまとめた。これから各都道府県とも、1〜数回の被害地震で総死亡者の大多数を占められていることがわかる。また死亡者多数の地震は都道府県をまたいで被害を与えていることもわかる。例えば明治三陸地震津波(1896年)は3県(青森・岩手・宮城)、関東地震(1923年)は1都6県(東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城・山梨・静岡)、南海地震(1946年)は6県(和歌山・岡山・徳島・香川・愛媛・高知)で主要地震である。このような地震のうち死亡者を1000人以上だした地震を表3に示す。過去200年で1000人以上の死亡者がでた地震は17であった。記憶に新しい大被害地震は6310人の死亡者を出した1995年兵庫県南部地震である。近年の人口急増加や高層建築、密集都市、防災設備などを考慮に入れると18世紀に死亡者1000人であった地震が現在発生したら数倍の大被害を受けるのではないだろうか。
次に表4に各都道府県の死亡地震数と平均死亡者数を示した。例えば死亡者がほぼ同数の北海道と埼玉を比較してみると北海道では死亡地震数13回、平均死亡者数31人、埼玉では死亡地震数2回、平均死亡者数211人と被害の大きさは地震の回数だけでは判断できないことがわかる。また地震の回数に注目してみると宇佐美(1996)より被害地震数485回、図5より死亡地震数112回、表3より死亡者1000人以上の地震は17回であった。全被害地震のうち死亡地震は23%であり、死亡地震のうち死亡者1000人以上の地震は15%であることがわかる。過去200年では被害地震25回につき死亡者1000人以上の大地震が1回起きていることがデータよりわかった。最近200年間については1.8年に1回死亡地震、11.7年に1回死亡者1000人以上の地震が起きていることがわかる。
3、過去400年都道府県別火山死亡者数
火山災害については、早川(1994)の2000年噴火カタログを修正したものを基礎資料とした。そのうちから過去400年の災害を取り扱った(表5)。火山による死亡者とは火山活動(噴火・泥流・火山ガスなど)を死因とする者である。ここでも死亡者数を数値で表したいので「A few=2」,「many=5」とした。また、浅間山の被害は群馬・長野両県にまたがっているので都道府県名を「群馬/長野」とし死亡者数を1/2づつとして計算した。なお、支笏樽前(1804)はデータが怪しいためいれていない。
400年より古いものは記録不十分で発生年月日、死亡者数ともに信憑性が薄いので過去400年間の被害について検討した。しかし日本では気象庁が活火山を「過去およそ2000年以内に噴火した火山」としているのに対して過去400年のデータでは短すぎる。従ってこれは最近400年間の死亡者数を表したものでありそれ以上過去の被害と同等とはいえない。
表5から過去400年間に死亡者をだした火山活動(以下死亡火山)は94回である。これをもとに都道府県別死亡者数を合計しヒストグラフにしたものが図4である。火山で死亡者がでたのは14都道県でありその中でも死亡者数には格差がみられる。特に北海道・群馬での被害が目立つ。また視覚的にとらえやすいよう図5に示した。活火山がない近畿・中国・四国地方には被害がみられない。東京の被害はすべて伊豆諸島の火山によるものである。図6は表1の火山を地図にプロットしたものである。日本にある活火山約100の内最近400年間で死亡者をだした火山は30であることがわかる。図5と図6を重ね合わせてみるとやはり西日本火山帯、東日本火山帯に属する都道府県で死亡者がでる活動があったことがわかる。しかし死亡事故回数は火山によって異なる。例えば浅間山は15回死亡者をだしていて回数が最も多い。次に表6に死亡者数100人以上の火山活動を示した。全死亡火山94回のうち100人以上死亡者を出した活動は8.5%である。つまり死亡火山11.8回につき1回の割合である。また最近400年間では死亡火山は4.3年に1回であり、50年に1回死亡者100人以上の火山活動が起きていることがわかる。
4、火山地震被害比較
火山と地震による都道府県別被害の比較を表7に示した。地震死亡者数は過去200年間、火山死亡者数は過去400年間であるので地震死亡者数を2倍して考えることにする。死亡者総数をみると地震死亡者数がはるかに多いが火山被害を受けた14都道府県ではどうか考えるため死亡者数を「火山/地震*2」で計算したものを示した。
人口の変化や移動・建造物の変化で被害の程度は変わってくるので過去200年の地震死亡者数を単に2倍したのでは過去400年間の実際の死亡者数とは誤差がある。
火山/地震*2>1の都道府県を図7に示す。結果は6都道府県(北海道・福島・群馬・長崎・宮崎・鹿児島)であった。そのうち群馬県については他の5都道府県と比較しても火山による死亡者数の割合が非常に大きい。地震死亡者数は全国で6番目に少ないのに対し火山死亡者数は全国で2番目に多い。これは群馬県の特異性である。福島についても群馬と同じことが言えよう。東京は地震死亡者数の方がはるかに多いが火山死亡者は伊豆諸島でのみ出たことを考慮にいれると小笠原諸島での火山活動による死亡者の割合は非常に大きい。また火山死亡者数0の都道府県は活火山を所有している場合もあるが所有していない場合がほとんどである。さらに地震・火山両方とも死亡者数0という特異性をもつ都道府県(山口・福岡・佐賀)もある。
5、まとめ
地震死亡者数と火山死亡者数の都道府県別比較の結果、次のようなことがわかった。
地震被害も火山被害も都道府県によって大きな差がある。火山被害においては特定の地域に限るので活火山を所有する都道府県にとっては脅威である。過去400年間では活動していない活火山であっても活動を再開する可能性があることを忘れてはならない。逆に活火山を所有しない都道府県が火山災害対策を立てることは無意味であり、単なる金の無駄遣いである。
また都道府県より小さな地域別に防災を考えなければならない場合もある。例えば東京都では火山災害を受けるのは伊豆諸島に限っているし、地震災害においては人口密度や建造物の種類の違い、津波が襲う沿岸や島々など地域ごとに脅威は異なるのでそれぞれの特性にあった防災対策が必要となる。
群馬県においては火山災害を忘れるわけにはいかない。地震の少ない群馬でも小さな地震は1年間に何度も経験するが火山活動は数十〜数百年に1度経験する程度なので火山の脅威を忘れがちではないか。地震と火山の死亡者数の比較では群馬県は火山による死亡者数の割合が国内トップである。また地震による死亡者数は過去200年間で西埼玉地震(1931)の5人だけである。地震の方が私たちの体に直接感じることが多いが被害の程度ははるかに火山によるほうが大きいことがデータからもわかる。 このようなことから各都道府県ごとに防災対策の重点の置き方は異なるはずである。よって地震防災と火山防災の比重の置き方が問題になる。
謝辞 群馬大学早川由紀夫助教授には貴重な資料や意見をいただいた。吉川和男教授、岩崎博之助教授、地学教室のみなさんから貴重なコメントをいただいた。以上の方々に心より御礼申し上げます。
引用文献