群馬大学教育学部卒業論文(1999.1.27提出)

風化皮膜から推定する高原火山・富士山溶岩ドームの形成期

長井 隆行

目次

1、はじめに

2、風化皮膜を用いた相対年代法

3、調査地・調査方法

4、調査結果

5、風化皮膜の発達曲線

6、高原山富士山溶岩ドームの形成期

7、今後の課題

8、まとめ


1、はじめに

 岩石は酸化や水和などの化学的な風化によって、礫の表面から内部に向かって変色が進んで風化皮膜を形成する。風化皮膜は時間に比例して厚さが増すため、時間の相対的な尺度として用いることができ、地質の編年に有用な手法である。この相対年代法はテフロクロノロジーの手法が使いにくい高山帯の周氷河斜面において使われることが多い。1970年代から欧米でさかんに用いられるようになり、わが国でもたとえば小泉・関(1992)などの研究で用いられてきた。

 火山体の形成期を知るためには、テフラを用いたテフロクロノロジーが一般的な手法である。噴出物の年代がわかれば、層序学・堆積学的に絶対年代が求めることができ、火山の形成史を構築していくことができる。一方、テフロクロノロジーを用いるためには、噴出物を多数の地点で正しく同定し、年代も慎重に決定しなくてはならず、噴出物の同定や年代決定を誤ってしまう不確定要素を含んでしまうこともある。

 そこで私は今までとは違った角度から火山の形成期を再考するために、一般的に使われているテフロクロノロジーは用いず、風化皮膜を用いた相対年代法を導入することにした。その結果、高原山・富士山溶岩ドームの形成期が、少なくとも2万年前より古いのではないかという結論を得た。

2、風化皮膜を用いた相対年代法

 風化皮膜とは酸化や水和などの化学的な風化によって、礫表面から内部に向かって発達した変色部のことである。ふつう赤や茶色、白色を呈している(渡辺、1990)。礫をハンマーなどで割り新鮮な面を出し、表面からの変色部の厚さを測定する。風化皮膜はふつう1mmから10mm程度で、この厚さは、岩石が生成されてからの時間を反映していると考えられる。または、基盤から剥離してからの時間を反映しているともとらえられる。したがって、風化皮膜の厚さを測ればその岩石が生成されてからの時間が測れるのである。しかし、この方法は相対年代法の一つであり、これだけでは絶対年代を得ることができない。そこで基準となる「ものさし」が必要となってくる。この「ものさし」を作るためにはたとえばテフロクロノロジーであらかじめ確定されている年代と組み合わせたり、ほかの年代のわかっている溶岩ドームの皮膜を用いることとなる。本研究では、北関東の12の溶岩ドームで風化皮膜を測定した。

 風化皮膜を用いるに当たって注意することがいくつかある。それはまず、同一時期に形成されたであろう岩石でも、風化皮膜の厚さに個体差が生じてくることである。たとえば、大きい礫と小さい礫とでは、小さい礫の方が風化皮膜を比較的厚く発達させている。これは、小さい礫はもともと質的に弱く、風化が進みやすいのではないかと小泉・青柳(1993)は考えている。よって、調査ではなるべく20cm以上の礫を調査対象にした。

 また、岩石の種類が風化皮膜の発達速度に大きな影響を与えることも考えられる(渡辺 1990)。安山岩と玄武岩では安山岩の風化皮膜の方が発達速度が速いとされている。ほかに花崗岩のような粒子の大きい岩石は風化皮膜が不明瞭なことが多いという。しかし、本研究で行った溶岩ドームの岩石は、どれもデイサイトから安山岩にかけてであるので、大きな影響はないとみられる。

 風化皮膜は気候によっても影響が与えられる(渡辺1990)。とくに降水量の違いは大きな影響を与えるようだ。多雪な地域においては、残雪による水の供給状態によって、局所的に風化皮膜の発達速度が異なる可能性があるとも指摘されている(苅谷1995)。また、礫が地中に埋まっている場合と地上に露出している場合でも、風化皮膜の発達速度が異なってくる。研究によっては地中20cmの深さの礫を掘り出して被膜を測定する方法もあるが、ここでは地上に露出している礫の皮膜を測定した。

 また、風化皮膜がいつゼロセットされたかという問題が生じてくる(苅谷1995)。基盤から剥離した岩屑は、おそらく剥離したその時点から風化皮膜の発達が始まるのであろう。したがって、噴火からしばらく経った後で岩石の崩落などで新たに生成された礫は、噴火当時のゼロセットでない可能性がある。このような礫が多いのは、転石などが供給される山体の下部に多いのではないだろうか。そこで、山体の下部では皮膜の測定を行わず、新たな礫の流入が少ない山頂付近で皮膜の測定を行った。

 

3、調査地・調査方法

1)調査地

 北関東を中心とした地域の12の溶岩ドームについて風化皮膜を測定した(図1、表1)。調査地の選定に当たっては、溶岩ドームであることと、形成年代がある程度わかっているものなどを基準に選定した。調査地の年代については早川(1998)を参考にした。

 図1 調査地(MapFan2)

火山名 溶岩ドーム 標高(m) 年代    (年前) 岩石名
高原山 富士山 1184 角閃石輝石デイサイト
赤城山 地蔵岳 1674 24000 角閃石デイサイト
榛名山 二ツ岳 1343 1400 角閃石デイサイト
榛名山 水沢山 1194 10000 デイサイト
榛名山 相馬山 1411 21000 デイサイト
浅間山 小浅間山 1655 21000 しそ輝石角閃石デイサイト
浅間山 離山 1256 22600 輝石黒雲母角閃石デイサイト
浅間山 石尊山 1668   普通輝石しそ輝石安山岩
篭ノ登山 村上山 1746 300000 輝石安山岩
篭ノ登山 桟敷山 1915 300000 輝石安山岩
蓼科高原 蓼科山 2530 300000 角閃石輝石ガラス質安山岩
蓼科高原 横岳坪庭溶岩 2240 安山岩

 表1 調査地の年代と岩石

2)調査方法

 本研究では小泉・関(1992)、苅谷(1995)らの方法にならって風化皮膜の測定をした。風化皮膜の測定に当たって考慮すべき点がいくつかあった。まず礫の大きさである。小さい礫ほど岩質的に弱いものであるから、風化の度合いが変わってくると考えた。よって小さい礫は選ばず、なるべく20cm以上のものを測定した。

 風化皮膜は水の有無によってその発達の度合いが変わってきた。調査地においては、沢などの水に触れる機会が特に多いようなところでは行わないことにした。なるべく裸地上で、裸地がない場合は植被のある場所で測定を行った。また、礫は地表面に露出しているものを選んだ。

 風化皮膜は、原岩から剥離したときから新たに風化皮膜の形成が始まるゼロセットされることを考慮しなければならない。このためには、剥離片などが多く含まれる可能性のある溶岩ドーム下部では基本的に測定を行わないことにした。溶岩ドームの山頂部であれば上部からの流入礫はないので、ゼロセットされた剥離片などは少ないと思われる。

 また、岩石によっては岩質的に内部まで腐植が進み、風化皮膜の識別ができないものがある。このような礫は除外した。こうして礫を各地点25個抽出した。(礫の採集が困難なため8個の地点もある)

 礫をハンマーで割り新鮮な面を出し、風化皮膜をものさしで1mm単位までよむ。割れた面が礫表面と垂直になるように割り、その面での皮膜を測定する。このとき、風化皮膜が極端に厚いようなところや、薄い部分はよまないが、それらを除外してもっとも厚い部分の厚さを測定値とした。皮膜が二重になっていることもあったが、そのときは内部の変色部までよんだ。

 統計処理法はこれまでの研究(たとえば小泉・関1992)と同じように平均値をとることにした。また、溶岩ドームは個々の様子が山によってかなり異なっていたが、溶岩ドームという点で見ると共通点も多かった。肉眼でも観察をし、とくに岩石の形状、風化具合を観察した。

 高原火山においては、2回調査を行い、1回目ではほかの11調査地と同じように山頂で25個の礫の風化皮膜を測定したが、2回目の調査では、山頂部の3つのピークそれぞれにおいて風化皮膜を測定し、各地点10個、合計30個で風化皮膜の平均値を求めた。


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