高橋 誠・早川由紀夫(1995)群馬県中之条湖成層に産する大型植物遺体. 群馬大学教育学部紀要自然科学編,43,71-86.


 
                   群馬県中之条湖成層に産する大型植物遺体

                         高橋 誠・早川由紀夫
                       群馬大学教育学部地学研究室
                       (1994年9月 日受理)


              Plant Remains from the Nakanojo Lake Deposit
                   in Gunma Prefecture, Central Japan

                  Makoto TAKAHASHI* and Yukio HAYAKAWA
                                
  Department of Earth Science, Faculty of Education, Gunma 
University
                       Maebashi, Gunma 371, Japan




                                はじめに
 群馬県中之条地域(図−1)には吾妻川と四万川沿いに河岸段丘が発達し
ている.ここでは,地質構造や段丘面区分などの研究がこれまでになされてき
た(新井, 1962,守屋, 1966,山口, 1975).新井(1962)は,この地域
に湖成堆積物が存在することをはじめて報告し,それを中之条湖成層と呼んだ.
中之条湖成層は,不整合を境に下部中之条湖成層と上部中之条湖成層にその後
区分された(新井, 1969).竹本ほか(1987)は火山灰層のフィッショント
ラック年代から下部中之条湖成層は下部更新統,上部中之条湖成層は中部更新
統であろうと推定した.矢口ほか(1992)は火山灰層の対比をもとに中之条
湖成層がすべて中部更新統と考え,下部中之条湖成層を下位より名久田川層,
籠林層,大塚層,火之口層,尻高層,平層に細分した.
 中之条湖成層から産出する化石については,高山村赤狩,北ノ口,火ノ口,
大塚の植物化石(新井, 1965,新井, 1969),大塚の珪藻化石(金谷・中島, 
1984),上部中之条湖成層の珪藻化石(田中・小林, 1992),中之条町間歩
のシカの角化石(中島・田中, 1983)などの報告がある.
 新井(1965)と新井(1969)は,日本列島における絶滅種や暖帯性常
緑高木をこの地域から報告し,現在の中之条地域の気候より暖かい環境が過去
にここに存在したことを示している.この植物化石の産出層準は下部中之条湖
成層の一員である大塚層に相当する(矢口ほか, 1992).つまり,上部中之
条湖成層から植物化石の報告はこれまでにない.本論で報告する植物化石は上
部中之条湖成層から産出したものである.
 上部中之条湖成層はほぼ連続した堆積物からなり,数多くのテフラが狭ま
れている.これらと互層する植物化石を検討することは,単に個々の層準の古
植生復元を行うだけでなく,信頼できる時間軸の上で植物化石の変遷を知るこ
とができ,さらに古気候変化を議論することができる.
 今回報告する植物化石は産状が生々しく,化石というにはあまりに新鮮で
あるため,三木(1953)に基づいて以後「植物遺体」という用語を使用する.
なお,本論は高橋の1993年度卒業論文を再検討し,加筆修正したものである.

                               テフラ層序
 蓑原段丘の東側にある日影,中村での火山灰層序に基づいた上部中之条湖
成層の層序を図−2に示した.広域テフラとして,クレンザー,A1Pm,A
2Pm,A3Pmを確認した.日影の1〜8番露頭の標高はハンドレベルを用
いて測り,他は目測によった.以下,日影の沢をH,中村の沢をNと略し,各
露頭をH−1〜10,N−1〜5とする.
 H−1・2・10とN−3・5では,下底に紫色火山シルトを敷く特徴的
な黄色軽石層が認められる.このテフラを中村軽石と呼ぶ.中村軽石の上下に
は黒雲母を含む結晶質のテフラが上位に三枚,下位に一枚ある.下位の一枚は
H−1・N−1・2・3で見られ,中村軽石の下にあることからNBP5(米
澤ほか, 1984)と同定される.ガラスの屈折率は,n=1.497-1.499(新井
房夫氏測定,以下同じ)である.竹本ほか(1987)はこのテフラをNlu
−20と呼び,小森・矢口(1992)はこのテフラをクレンザーと呼んだ.本論
ではクレンザーを用いる.中村軽石より上位の三枚のテフラのうち上の二枚の
間には,H−7・8でホルンブレンドを含む雑色火山シルトが挟まれる.この
テフラを日影10と呼ぶ.ホルンブレンドの屈折率はn2=1.683-1.688を示す.
筆者らはこのテフラ層序が吾妻町境橋横の露頭で見られる層序(図−2)とまっ
たく同じであることを確認した.この露頭において矢口ほか(1992)は日影
10の下のテフラをCA−2,上のテフラをCA−3とした.この露頭にはC
A−3の上15cmには加久藤火山灰(n=1.501-503)がある.小森・矢口
(1992)は,このCA−2,CA−3を長野県大岡村樺平のCA−2,CA
−3にそれぞれ対比した.鈴木・早川(1990)はこれらをそれぞれA2Pm,
A3Pmに対比している.この二枚の火山灰の名称として本論ではA2Pm,
A3Pmを用いる.調査地域ではクレンザーとA2Pmとの間に黒雲母を含む
テフラがもう一枚あるので,これをA1Pmとみなした.
  クレンザーに含まれるジルコンのフィッショントラック年代は,0.49±
0.08Ma(竹本ほか, 1987),0.43±0.04Ma(矢口ほか, 1993)と報告され
ている.鈴木・早川(1990)はAPm群の年代を30-35万年前と示し,矢口
(1994)はApm〜クレンザーの年代を0.38-0.43Maと考えている.
  このほかに軽石質のテフラがあり,下位より日影1〜6・日影8とする.
H−4・5ではA2Pmの直下に加久藤火山灰に似ているが平板タイプではな
く軽石タイプのガラス質火山シルトがある.ガラスの屈折率はn
=1.503-1.504である.このテフラを日影7と呼ぶことにする.H−7ではA
2Pmと日影10との間に斜方輝石と単斜輝石を含む火山シルトがある.斜方
輝石の屈折率は,γ=1.706-1.711である.このテフラを日影9と呼ぶ.
 クレンザーの下,中村軽石の下,その上,日影2と日影3との間,日影8
とA2Pmの間には礫層が認められる.各露頭の地層はすべて蓑原礫層に不整
合に覆われる.蓑原礫層の上にはローム層が堆積している.このローム層は本
研究では取り扱わない.各テフラの屈折率を表−1に示す.

                 植物遺体の産出層準とテフラとの層序関係
 植物遺体は7露頭14層準のサンプルより得られた.サンプルを得た地層
を上位から順に@〜Mと名付け,図−2に示す.
 A3Pm.
  @層準はH−8露頭にあり,黒色泥炭層である.この泥炭層の中に火山シ
ルト(日影9)がレンズ状に挟まる.
  A層準はH−3露頭にあり,木質泥炭層である.
  A2Pm.
  B層準はH−8露頭にあり,材木を多量に含む泥炭質シルト層である.
  C層準はH−3露頭にあり,灰褐色シルト層である.ここと同層準にガラ
ス質火山シルト(日影7)がある.
  D層準はH−7露頭にあり,やや茶色の黒色泥炭層である.
  E層準はH−7露頭にあり,やや紫色の灰黒色シルト層である.
  日影3.
  F層準はN−5露頭にあり,暗黒茶色泥炭質シルト層である.
  G層準はN−5露頭にあり,粒径1mmほどの白色軽石質火山砂層(日影2)
を挟む暗黒色泥炭質シルト層である.
  H層準はN−5露頭にあり,やや灰色の砂質シルト層である.
  I層準はN−5露頭にあり,青灰色砂質シルト層中の植物片密集帯である.
  A1Pm.
  J層準はN−2露頭にあり,青灰色砂質シルト層である.材をたくさん含
む.
  K層準はN−3露頭にあり,青灰色火山砂質砂層である.
  クレンザー.
  L層準はN−1露頭にあり,灰色砂質シルト層である.
 M層準はN−2露頭にあり,やや泥炭化した材を多量に含む砂層である.

                             サンプルの処理
 植物遺体は露頭から直接採取したもの(15点)と,露頭から地層を採取
したあと1mmのふるいの上で水洗して植物遺体試料を得たもの(1472点)
がある.植物遺体は実体顕微鏡を用いて種類を同定して記載した後,25%の
アルコール中に液浸保存した.現物は高橋が保管している.

                           主要植物遺体の記載
 上部中之条湖成層から産出した植物遺体は,地層の圧力のため扁平化して
いる.一部の植物遺体を除き摩耗は見られず,その保存状態は良い.
 6科10属(2亜属2節)11種を同定して,植物遺体一覧表(表−2)を
作成した.表−2の植物名の並び順は井上ほか(1974)によった.種の同定
は,似た特徴や形態を持つグループに植物遺体を分け,グループの特徴を基準
として分類した.
 Abies firma Siebold et Zuccarini(モミ) 図−3 a・a'
 J層準より葉が産出した.葉は中央部から先端が欠損していた.葉は線形,
扁平で枝との接地部が吸盤状であった.葉の横断面には2個の樹脂溝が葉肉内
にあり,更に両端近くの下表皮に2個の小形の副樹脂溝を伴う.このような形
態を初島(1932)は A. firma(モミ)の地上高き樹冠の頂上付近の果枝葉
にしばしば見られるとし,佐竹(1934)は A. firma に,岩田・草下
(1959)は A. firma の球果を有する枝と,モミの品種である Abies 
firma form. ohsumiensis Kusaka(コモミ)にしばしば見られるとしてい
る.品種は同定の対象外とした.
 Abies Mariesii Masters(オオシラビソ) 図−3 b・b'
 I層準より葉が産出した.葉は基部が欠損していた.葉は線形,扁平,微
凹頭であった.葉の横断面の樹脂溝は左右両端に近く,下表皮に接在している.
 Larix Kaempferi Sargent(カラマツ) 図−3 c1・c2
 葉・球果・種子・種子翅・枝・短枝が産出した.葉が一枚そのまま見つか
ることは希で,先端部や基部が欠損していた.葉は線形,扁平であった.トウ
ヒ節の葉が似ているので次の部分で区別した.カラマツの葉は基部が細長く根
元で反る.トウヒ節の葉は葉枕を枝に残し,丸い基部を持つ.C層準より短枝
付きの枝と一緒に球果が見つかった.球果は長さ1.7cm,幅1.2cmの卵状球
形で少し反る.枝は長さ1.8cmで,長さ0.6cmの短枝が付いていた.C層準
より翅つきの種子が見つかった.種子は翅により一部包まれていて,種子と翅
が分離しずらいカラマツの特徴を持つ.
 Picea cf. Koyamai Shirasawa(ヤツガタケトウヒに比較される) 図
−4 a・a'
  H層準より球果が産出した.球果は扁平な卵状長楕円形で基部が欠損して
いた.種鱗は馬蹄形,基脚は広楔形,先端は円く,ヒメマツハダに似る.球果
の先端が極端に細るため先端が円形になるヒメマツハダとは区別した.
 Picea cf. Shirasawae Hayashi(ヒメマツハダに比較される) 図−4 
b1・b2・b3・b3'
 C・E・H層準より球果が産出した.球果は扁平な卵状長楕円形で先端ま
たは基部などが欠損していた.基部・先端部共に丸い形態を持つ.種鱗は馬蹄
形,基脚は広楔形,先端は円い.種鱗の厚さは厚いものや薄いものがあり変化
に富む.種鱗の外部にむき出しになる部分は横に幅広い.球果軸は球果の太さ
に対し,1/3を占めるほど太い.このヒメマツハダの球果は現生のそれと比べ
ると小型であったり,種鱗が薄かったりする.南木(1989)はヒメマツハダ
は非常に変異に富むものとしている.
 Picea cf. pleistoceaca Suzuki(コウシントウヒに比較される) 図
−4 c1・c2・c3・c4
 C・H層準より球果が産出した.球果は扁平な卵状長楕円形で長さ
4.2-5.1cm,幅1.5-1.9cm,基部・先端部共に丸く寸胴であった.ヒメバラ
モミ,アズサバラモミは先端が尖るので区別した.種鱗の先端の縁は鈍角また
はやや丸みをおびた鈍角であり,アカエゾマツやヒメバラモミに近い.種鱗の
外部にむき出しになる部分は縦幅が他の種に比べ広く菱形に近い.球果の横断
面上に並ぶ種鱗の数はヒメバラモミより多く,ヒメマツハダに近い.以上より
Suzuki(1991)と鈴木(1992)の示すコウシントウヒに比較した.斜列線
法によって求めた種鱗の状況は3:5であった. 
 Sect. Eupicea(バラモミ節)
 葉は線形,扁平,基部は丸く,先端部は鈍く尖る.葉の横断面は四角形,
菱形,つぶれて扁平な葉があり,四面に相当する部分にそれぞれ最低一列でも
気孔条が存在した葉を同定した.バラモミ節の葉は,葉の横断面の樹脂溝や組
織形態より種の同定ができる(初島, 1932,岩田・草下, 1959).しかし,
植物遺体の保存状態から横断面切片を観察しても成果が期待できないと判断し
た.
 Sect. Omorica(トウヒ節)
 葉は線形,扁平,基部は丸く,先端部は鈍く尖る.葉の横断面は扁平,菱
形の葉があり,気孔条が片面もしくは四面のうち二面しか存在しない葉を同定
した.現生種では Sect. Omoricaの種はエゾマツのみだが,変種のトウヒが
存在する.葉ではエゾマツとトウヒの区別が困難なことと,化石種であるコウ
シントウヒがSect. Eupicea,Sect. Omoricaどちらの節か不明なため種を同
定できなかった.
 Pinus koraieusis Siebold et Zuccarini(チョウセンゴヨウ) 図−5
a
  D・H層準より葉・種子片が産出した.葉は線形,三稜形で葉の横断面に
は樹脂溝が3個,各角隅に近く葉肉内にあった.
 Tsuga sp.(ツガ属)
 産出した葉は先端または基部が欠損していた.葉は線形,扁平,凹頭であっ
た.基部は細い葉柄を持つ.
 Cryptomeria japonica D. Don(スギ) 図-5 b1・b2
  A・H・I層準より葉・小枝が産出した.葉は針状で多少弯曲し,基部へ
ゆくに従って太まる.小枝は葉が螺旋状に並んでいた.
 Chamaecyparis obtusa Endlicher(ヒノキ) 図-5 c1・c2
 C・L・M層準よりは・小枝が産出した.葉は鱗状で先端はいくぶん尖る
が内側へ曲がる.サワラの葉は先端が尖り外側へ伸びるので区別した.左右の
側片が長く接し,中片は小さい.ネズコの葉はヒノキに比べ左右の側片が短く
接し,中片が大きいので区別した.小枝は葉が複数つながったいた.
 Rubus sp.(キイチゴ属) 図-6 a1・a2
 J・L層準より小核が産出した.小核はソラマメ形で長さ1.9-2.1mm,
表面に網文様がある.
 Alnus cf. japonica (Thunb. )Steud.(ハンノキ)
 L・M層準より果穂・果鱗が産出した.果鱗の先端は四つに分かれていて
ハンノキ亜属である.果穂は卵状楕円形で長さ1.5-1.8cm,幅1.2cmであっ
た.
 Carpinus laxiflora (Sieb. et Zucc. )Blume.(アカシデ) 図-6b
 J層準より果実が産出した.果実は広卵状三角形でやや扁片,長さ
3.7mmで二つの柱頭を持ち,外果皮は光沢があり数本の縦じまが入る.
 Beturaceae gen. et sp. indet.(カバノキ科・属および種未定)
  二つの柱頭と翅を持つ.翅は破損していた.
 Cyperaceae gen. et sp. indet.(カヤツリグサ科・属および種未定)
  果実は広倒卵形で,刺針状花被片を持つものもある.

                               現在の植生
 片野ほか(1987)によると,群馬県の植生は太平洋型植生域,本州中央
高原型植生域,日本海型植生域の三つの植生域に区分される.
 太平洋型植生域のでは,ヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)は
450-600mを上限としてブナクラス域(夏緑広葉樹林帯)に,ブナクラス域
は1500mを上限としてコケモモ−トウヒクラス域(亜高山性針葉樹林帯)に
移りかわる.本州中央高原型植生域では,600-1600mがブナクラス域とな
り,コケモモ−トウヒクラス域は1600-2400mとなる.日本海型植生域では
ブナクラス域は600-1600mであり,コケモモ−トウヒクラス域は
1600-2300mとなる.現在の群馬県内には,ヤブツバキクラス域の現植生が
ほとんどなく,二次林のクヌギ−コナラ群落,クリ−コナラ群落や,植林のス
ギ,ヒノキ,アカマツ,クロマツで占められている.ブナクラス域では,本来
ならばイヌブナを含むブナ林あるいはカラマツ林・ミズナラ林が発達するが,
植林のスギ,ヒノキ,カラマツや,二次林のクリ−コナラ群落,クリ−ミズナ
ラ群落,ミヤコザサ−ミズナラ群落となっているところも多い.コケモモ−ト
ウヒクラス域ではダケカンバ林や,シラビソ−オオシラビソ群落,カラマツ群
落が発達している(片野ほか, 1987).
 本調査地域は太平洋型植生域内にある.標高は400-600mほどであるか
らヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)からブナクラス域(夏緑広葉樹林帯)
の境界に当たる.周辺地域にはモミ,アカマツ,スギ(植林),カラマツ(植
林),ホウノキ,アカシデ,カエデ属,クリなど落葉広葉樹林で構成された二
次林が分布している.
                    上部中之条湖成層の古植生と古気候
 産出した植物遺体から上部中之条湖成層の古植生と古気候を考えてみる.
 クレンザー火山灰より古い時代(L層・M層)
 ヒノキ,ハンノキなどが産出している.この時代はハンノキを中心とした
ヒノキを混交させる落葉広葉樹林が湖岸近くまで広がり,キイチゴ属の潅木や
カヤツリグサ科が生えていた.この層準から摩耗したカラマツやバラモミ節の
植物遺体が見つかり,上流にはカラマツやバラモミ節の針葉樹林が広がってい
たと思われる.この地層が堆積した時代の気候は,現在の中之条地域からやや
高い標高のところと同じであった.気温に換算すると0-2゚cぐらい低かったと
思われる.
 クレンザー火山灰とA1Pmの間の時代(J層・K層)
  モミ,アカシデなどが見つかった.これはちょうど調査地域の中之条の現
植生と同じで,この地域がモミを含む落葉広葉樹林であったことを示す.この
地層が堆積した時代の気候は,現在の中之条地域ほどの標高のところと同じで
あった.気温も現在と同じぐらいと思われる.
 A1Pmと日影3テフラの間の時代(F層・G層・H層・I層)
  オオシラビソ,カラマツ,ヤツガタケトウヒ,ヒメマツハダ,コウシント
ウヒ,チョウセンゴヨウ,スギなどが見つかり,広葉樹はカバノキ科が見つかっ
た.この時代には亜高山帯に生える広葉樹を含む針葉樹林帯が広がり,カヤツ
リグサ科が生えていた.この地層が堆積した時代の気候は,現在の中之条より
はかなり高い標高と同じであった.気温に換算すると5-7゚cぐらい低かったと
思われる.
 日影3テフラとA2Pmの間の時代(B層・C層・D層・E層)
  カラマツ,ヒメマツハダ,コウシントウヒ,チョウセンゴヨウ,ヒノキな
どが見つかり,広葉樹は見つからなかった.この時代には針葉樹林が広がって
いた.この地層が堆積した時代の気候は,A1Pmと日影3テフラの間の時代
とほぼ同じと考えられる.
 A2PmとA3Pmの間の時代(@層・A層)
 カラマツ,スギなどが見つかり,広葉樹は見つからなかった.この地層が
堆積した時代の気候は,A1PmからA2Pmの間の時代とほぼ同じと考えら
れる.

                                 まとめ
 1,クレンザー降灰以前は今の気候と同じほどかあるいは2゚Cほど低く,
その後は今の気候ほどの暖かさであり,A1Pm降灰後は今の気候より5-7゚C
ほど低かった.
 2,クレンザー火山灰のフィッショントラック年代,ローム層の堆積速度,
加久藤火山灰のフィッショントラック年代等を考慮すると,上記の寒冷化がお
こった時代は約40万年前であろう.おそらく酸素同位体比ステージ11から10
への移行をとらえているものと思われる.
 *3,冬期の乾燥を好むカラマツと,冬期に一定以上の雨量を必要とする
スギという相対立する性質を示す植物が同層準より見つかったことは,植物遺
体から古気候を復元することの限界を示している.
 4,本研究の本来の目的である古植生復元には,採取分析した種類も数量
もまだ少ないので更なる資料集めが必要である.気候変遷について詳しく論ず
るためには花粉分析も必要である.
 5,礫層・ローム層堆積と気候の関係を調べることや,広域テフラを用い
て他の地域と古環境や古気候対比をすることが今後必要である.

  謝辞 本論をまとめるにあたり,群馬大学名誉教授新井房夫博士には火山
灰の屈折率を測定していただいた.東京農業大学第二高等学校の磯田喜義教諭,
野尻湖発掘調査団植物グループ,長野県信濃町立野尻湖博物館の方々には植物
遺体の処理と同定にあたり,その場所や比較現生標本を提供していただき,か
つ貴重な助言をいただいた.群馬県埋蔵文化財調査事業団の矢口裕之氏と榛名
団体研究グループの諸氏には現地で討論を行った際に貴重な助言をいただいた.
以上のみなさまに厚く御礼申しあげます.

                             引 用 文 献
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矢口裕之・野村 哲・檀原 徹・高崎地学愛好会(1993) 榛名火山南東部
に分布  する中部更新統の層序.日本地質学会講演要旨:297.
山口一俊(1975) 中之条盆地とその周辺の地形.駒沢大学院地理学研究5:
28-3   9.
米澤 宏・竹本弘幸・岡田武幸・由井将雄・丸山三美(1984) 中之条盆地
周辺の  テフラ.関東平野1:2-5.



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