ゑれきてる連載 日本の火山 新しい火山観をめざして
第2回 阿蘇 2004年1月
カルデラ破局噴火
低頻度だが、日本列島にいつか必ず来る巨大災害
▼カルデラ陥没と火砕流
誰も見た人はいませんが、火山の地下にはマグマだまりがあると考えられています。マグマは、岩石が高温のためにどろどろに融けた状態のものを言います。マグマはふつう地下でじっとしていますが、ときどき地表に顔を出します。これが噴火です。
地下から大量のマグマが地表に噴き出すと、マグマだまりの天井が支えを失って下に落ち込みます。そして地表に大きな窪地がつくられます。これをカルデラといいます。
カルデラの中には、しばしば水がたまって大きな湖ができます。北海道の屈斜路湖、支笏湖、洞爺湖、それから東北の十和田湖などがそうです。カルデラの直径はどれも10-20キロほどです。天井が陥没するためには、これくらい大きなマグマだまりが必要なようです。
大量のマグマが一気に噴き出すときは、火口の上に噴煙の柱が高くそびえ立ってそこから軽石や火山灰がやおら降るより、むしろ火口の縁から四周にこぼれ出すほうが手っ取り早い。そういうときは、軽石と火山灰と火山ガスからなる高温の粉体混合物が猛スピードで地表を走ります。これが火砕流です。実際どのカルデラの周囲にも、火砕流がつくった台地が何十キロも先まで広がっています。
屈斜路湖や洞爺湖の中央部は高く盛り上がっています。これを中央火口丘といいます。中央火口丘は、マグマだまりの中に残ったマグマがカルデラ形成後に小さく何回も噴火してつくった小火山のかたまりです。
▼阿蘇カルデラは8万7000年前にできた
九州中央部にある阿蘇もカルデラです。ここにもかつて湖がありました。しかし黒川と白川がカルデラの壁を破って西へ排水したため、いまは乾いて広い平原になっています。カルデラの中には三つの町と四つの村があります。そして鉄道の駅が14もあります。阿蘇は屈斜路湖に次いで日本で2番目に大きいカルデラです。阿蘇山と呼ばれるのは中央火口丘の部分です。
阿蘇カルデラは、8万7000年前のある日に起こった阿蘇4という噴火で一昼夜のうちにできました。このときの火砕流は九州の山なみをジェットコースターのように高速で乗り越えて、鹿児島県を除く九州全県と山口県に達しました。火砕流の到達範囲内にいた旧石器人は、数時間以内に全員が焼け死んだと思われます。
北から見た阿蘇カルデラ 直径20キロの窪みと、そこから噴出した火砕流がつくった台地。カルデラ縁の湾入は、その後の浸食作用によります。カルデラの中央には、火山錐がいくつも成長していますが、そのうち中岳がいま噴煙を上げています。それらを取り囲んで豊肥本線と南阿蘇鉄道が通っています。カルデラの中に駅が14もあります。国土地理院の数値地図50メートルメッシュ(標高)データを用いてカシミール3Dで作成しました。
▼カルデラ破局噴火は繰り返す
阿蘇4火砕流に焼き払われた大地の上には、いま1100万人が住んでいます。それでは,カルデラ破局噴火は阿蘇ではもう起こらないのでしょうか?
じつは阿蘇カルデラでは、40万年前と11万5000年前にも同様のカルデラ破局噴火が起きています。それぞれ阿蘇1、阿蘇3と名前がついています。カルデラの地下に潜むマグマだまりは火砕流を一回だけ大量に噴き出して死に絶えるのではなく、数万年あるいは数十万年の長い時間を隔ててそれを繰り返すのです。たとえば支笏湖は6万年前と4万1000年前に、十和田湖は3万年前と1万5000年前にそのような噴火を繰り返しました。
表 最近12万年間に日本列島で起きたカルデラ破局噴火 |
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年代 |
噴火 |
M |
ハザード |
リスク |
壊滅的打撃を受けた道県 |
7,300
|
鬼界アカホヤ |
8.1 |
20万 |
27 |
鹿児島県 |
15,000
|
十和田八戸 |
6.7 |
200万 |
133 |
青森県・秋田県・岩手県 |
28,000
|
姶良丹沢 |
8.3 |
300万 |
107 |
鹿児島県・宮崎県・熊本県 |
30,000
|
十和田大不動 |
6.7 |
200万 |
- |
(十和田八戸に同じ) |
40,000
|
屈斜路1 |
7 |
10万 |
3 |
北海道 |
41,000
|
支笏1 |
7.2 |
200万 |
49 |
北海道 |
60,000
|
支笏7-10 |
6.6 |
50万 |
- |
(支笏1に同じ) |
87,000
|
阿蘇4 |
8.4 |
1100万 |
126 |
鹿児島県を除く九州全県・山口県 |
95,000
|
鬼界葛原 |
7.5 |
20万 |
- |
(鬼界アカホヤに同じ) |
103,000
|
阿多 |
7 |
300万 |
29 |
鹿児島県・宮崎県・熊本県 |
105,000
|
洞爺 |
7.4 |
200万 |
19 |
北海道 |
115,000
|
阿蘇3 |
7 |
900万 |
- |
(阿蘇4に同じ) |
117,000
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屈斜路4 |
7.4 |
10万 |
- |
(屈斜路1に同じ) |
M(マグニチュード) = 噴出量の常用対数 |
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ハザード = それと同じ噴火がいま突発的に起こったら失われるだろう人命の数 |
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リスク = ハザード/年代 |
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▼噴火マグニチュードと発生頻度
阿蘇4噴火では、2兆6000億トンという途方もない量のマグマが噴出しました。体積でいうと一辺10キロの立方体に相当します。九州の山なみを覆いつくした高温の火砕流は巨大なホットプレートになって上昇気流を発生させ、火山灰を空高く舞い上げました。こうやってできた火山灰の雲は、上空の風に流されて北海道まで達し、網走周辺に5センチの厚さで降り積もりました。
火山噴火の大きさは噴出したマグマの量で測ります。噴火によってマグマの量は何桁も異なりますから、対数を使った噴火マグニチュードで表現すると便利です。阿蘇4噴火のマグニチュードは8.4になります。阿蘇4噴火は、過去100万年間に日本で起きた最大の噴火でした。
噴火マグニチュードと発生頻度は反比例の関係にあります。小さな噴火は頻繁に起きますが、大きな噴火はめったに起きません。日本ではマグニチュード8.0を超える噴火が10万年に1回程度、マグニチュード7.0を超える噴火が1万年に1回程度の頻度で起こることが、過去の噴火堆積物を調べてわかっています。
カルデラ陥没を伴う破局噴火のマグニチュード下限はおよそ6.5ですから、日本では1万年に2−3回そのような噴火が発生します。
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阿蘇中岳1989年11月の噴火。噴火マグニチュードは2.6。8万7000年前に起こったカルデラ破局噴火は8.4の100万分の1。 |
阿蘇町大観峰の崖に露出するアカホヤ火山灰。7300年前に屋久島近傍の海中から起こった鬼界カルデラ破局噴火の証拠。 |
▼カルデラ破局噴火のリスク
いま阿蘇4噴火と同じ噴火が起こると、鹿児島県を除く九州全県と山口県の人口1100万人が数時間で犠牲になります。火砕流に飲み込まれた地域の住民はひとり残らず灼熱の風に焼かれるか、厚い砂礫の下に埋まります。地域住民全員が等しく犠牲になるカルデラ破局噴火災害は、地域住民のふつう数パーセント以下だけが犠牲になる地震災害とまったく異なる性質をもちます。
同じ噴火がいま起こったときに失われる人命の数を、その噴火のハザードと呼ぶことにしましょう。阿蘇4噴火のハザードは1100万です。大正関東地震の犠牲者数は15万人でしたから、阿蘇4噴火のハザードがいかに大きいかわかります。
しかしカルデラ破局噴火はめったに起こりませんから、ハザードの大きさだけで災害の重大性を判断するのは適当でありません。ハザードと発生頻度の積で決められるリスクを評価する必要があります。
リスク = ハザード × 発生頻度
阿蘇4噴火の発生頻度をきちんと決めることはむずかしいですが、いまは桁が得られればよしとして、噴火年代の逆数でそれに代えることにします。噴火年代は8万7000年ですから、リスクは126になります。同様に、2万8000年前に姶良カルデラから発生して鹿児島県・宮崎県・熊本県に広いシラス台地をつくった噴火のハザードは300万、リスクは107になります。
リスクは、ハザードで示される死者数を1年あたりにならした期待値に相当します。少なくとも九州においては、カルデラ破局噴火のリスクは地震リスクと同じ程度もしくはそれを上回ると言ってよいようです。
フィリピン・ピナツボ火山の火砕流台地 1991年6月15日に、画面左奥の山頂から火砕流が四方八方に広がって、最大200mの厚さで堆積しました。噴火マグニチュードは5.8で、山頂に直径3kmの窪地がつくられました.カルデラ破局噴火のミニチュア版です。1993年3月13日撮影。
▼カルデラ破局噴火にどう備えるか
カルデラ破局噴火のときに発生する火砕流は、あらかじめダムをつくっておいても止めることができません。この種の火砕流は、高さ500メートル程度の障壁など難なく乗り越えてしまいます。カルデラ破局噴火が間近に迫ったときは、事前にそこから退去するしか逃れるすべがありません。
ですからカルデラ破局噴火の防災は、施設の建設や補強に頼ってきた従来の施策とはまったく違うものにしなければなりません。災害文化の形成ともいうべき、何世代にも渡る知的努力の積み重ねが必要になるでしょう。
一方で、ひとの一生の長さはせいぜい百年です。カルデラ破局噴火のようなめったに起こらないリスクがあることなどすっかり忘れて、日々の暮らしを楽しく送ったほうがよいとする人生観もありえましょう。
一生の間に遭遇する確率が1パーセントに満たないカルデラ破局噴火を心配するのは、杞憂かもしれません。しかし、深夜静かに、地球上のどこかの現代都市をいつか必ず襲うにちがいないカルデラ破局噴火に想いをめぐらすと、火山学者の私は思わず身震いしてしまうのです。