日本火山のリスク評価
早川由紀夫
2014年2月5日
リスクは被害と発生頻度の積であらわす。過去に起こった顕著な火山災害について、いま起こったときの死者数を被害とし、年代の逆数を発生頻度とみてリスクを計算した(表1)。
火山災害リスク = いま起こったときの死者数 ÷ 年代
年代は100万年テフラデータベースを利用して西暦2000年から逆算した。人口は総理府統計局の地図で見る統計で、2010年国勢調査を選択して計算した。得られた災害リスクを火山ごとに足し合わせて、その火山のリスクとした。
この計算法を採用すると、都市に近接した火山と、カルデラをつくるほど大きな火砕流噴火をして遠方の大都市まで飲み込んだ火山の被害人口が大きくなって、そのリスクが高く評価される。また、最近発生した災害の発生頻度が大きくなって、そのリスクが高く評価される。
大円錐火山が丸ごと崩れ落ちるような山体崩壊はまれにしか起こらない。なぜならいったん崩れたら火山体を再構築するまでに時間がかかるからだ。駒ヶ岳1640年と磐梯山1888年はこのタイプだ。その発生頻度は年代の逆数ではなく1万年に1回としたほうがよいだろう。大円錐火山をつくるのに一般的に要すると思われる時間だ。ただし雲仙岳1792年の眉山崩壊は、大円錐火山そのものではなく山麓の溶岩ドーム(のそれも一部)が崩れて起こした災害だから、1万年の猶予は保証されていない。
雲仙岳1990年噴火は最近すぎて、西暦2000年から逆算すると発生頻度が10年に1回と不当に大きくなってしまう。じっさいには、1000年に1回程度の発生頻度だと見るべきであろう。
災害の影響が及んだ範囲が限られていて、その領域内の人口が極端に少ない場合は、被害を5000人とみることを原則とした。
北海道(169)
支笏湖のリスク12が最大である。なかでも、4万1000年前に発生したSpfl火砕流のリスクが61と大きい。札幌市まで到達したので被害人口は250万人を数える。1667年火砕流のリスクは15、1739年火砕流のリスクは19と計算されるが、発生頻度の見積もりが大きすぎてリスク評価が過大になっている可能性がある。
洞爺湖の南岸にある有珠山で1822年に発生した文政熱雲のリスクは28である。10万5000年前に洞爺湖をつくったときの洞爺火砕流のリスクは3と大きくないが、日本海に面した泊原発まで到達したようにみえる(調査不十分)。
駒ヶ岳の1640年山体崩壊のリスクは28だが、発生頻度を1万年に1回とみると、そのリスクは1にしかならない。
屈斜路湖は大きな火砕流噴火を何度もしたが、年代が古いことと火山周辺の人口密度が小さいことによって、リスク合計は14にしかならない。
函館市の沖合いにある銭亀火口から5万3000年前に発生した女那川火砕流のリスクは8である。
北海道全体の火山リスクは169。本州1005、九州1007と比べると、大きくはない。
本州(1005)
十和田湖のリスク272が最大である。1万5000年前の八戸火砕流と3万年前の大不動火砕流はそれぞれ200万人の被害人口をもつ。この二回の火砕流は六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場に到達した疑いがあるが、確実なことを言うためにはさらなる調査が必要である。
富士山のリスク250がそれに次ぐ。1707年の宝永噴火よりむしろ2400年前の御殿場土石なだれのリスクが大きい。御殿場土石なだれは、大円錐火山の一部が崩壊しただけだから、その再来がいつあってもおかしくない。
榛名山のリスクは242である。古墳時代に起こった渋川熱雲の上にいま30万人が住んでいる。ただし、この熱雲の発生頻度を1500年に1回とみるのはいささか過大評価かもしれない。発生頻度を3倍とみて、榛名山のリスクは1/3の80程度と考えるのが妥当かもしれない。
浅間山は死者1492人を出した江戸時代1783年の噴火が有名だが、鎌原土石なだれ/泥流の分布域にいま住む人の数は5000人だから、そのリスクは23に留まる。平安時代1108年の噴火リスクも22と、ほぼ同じである。浅間山最大の噴火は1万5800年前の平原火砕流である。このリスクは13と計算される、離山の位置から2万2050年前に発生して軽井沢町を焼いた雲場熱雲のリスクは1である。2万4300年前の山体崩壊で発生した塚原土石なだれは利根川を下って、前橋・高崎市街地の地下に厚さ10メートルの堆積物を残している。被害人口100万人だから、そのリスクは41と計算される。浅間山のリスクの中で一番大きい。以上を合計すると、浅間山のリスクとして101が得られる。
箱根山から6万6000年前に噴出した東京火砕流は横浜市西部まで達した。被害人口400万人だから、リスクは61である。
岩手山が6900年前に部分的に崩れたときの土砂は盛岡市まで届いた。そのリスクは29である。
磐梯山の1888年山体崩壊のリスクは89だが、発生頻度を1万年に1回とみると、そのリスクは1にしかならない。
伊豆諸島(22)
伊豆諸島では全島に被害が及ぶ噴火が近い過去にも複数回起こっているが、人口が少ないため、どの火山島もリスクが10を超えない。伊豆諸島全体でも、リスクは22に留まる。
九州(1007)
雲仙岳のリスクが986で最大である。ただし、1990年熱雲の発生頻度を10年に1回と見積もるのは明らかに過大である。1000年に1回とみると、そのリスクは5になる。同じように、1792年眉山崩壊の発生頻度を208年に1回とみるのもいささか過大だろう。1000年に1回とみると、そのリスクは100になる。火山全体のリスクは110になる。
姶良カルデラ(桜島)のリスクは234である。1914年噴火のリスクは58、1779年噴火のリスクは23だが、2万8000年前の入戸火砕流のリスクが89ともっとも大きい。被害人口が250万人に達するからだ。入戸火砕流は川内原発に到達して厚い堆積物を残したとみられる。そのあと、1万2000年前に起こった薩摩火砕流のリスクは50である。
阿蘇では過去30万年間に4回のカルデラ破局噴火が発生した。もっとも新しい8万7000年前の阿蘇4火砕流がもっとも遠くまで届いた。鹿児島県を除く九州全県と山口県に到達した。被害人口1100万人は、日本で起こった過去の火山災害の中で最大である。リスクは126、火砕流は玄海原発と(海を渡って)伊方原発に到達した可能性がある。火砕流噴火4回を合計した阿蘇のリスクは210である。
鬼界カルデラで7300年前に起こった噴火は、日本で最も新しいカルデラ破局噴火である。海域のため、被害人口は30万と多くない。リスクは41である。
表2 高リスク火山のリスト
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雲仙岳(986)→110
十和田湖(272)
富士山(250)
榛名山(242)→80
姶良桜島(234)
阿蘇(210)
支笏湖(112)
浅間山(101)
箱根山(77)
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発生頻度を再考した上でのリスク評価を→の右に書いた。
交通事故リスクとの比較
2013年の交通事故死者は、日本全体で4373人だった。日本火山全体のリスクは2203(人/年)だから、交通事故リスクの1/2である。ただし都道府県単位で比較すると、鹿児島県・(長崎県)・群馬県・秋田県・青森県で、火山リスクが交通事故リスクを上回る。
日本の人口は1億2800万人だから、毎年3万人にひとりが交通事故で死亡する。過去3万年のあいだに火山災害によって一度でも壊滅された土地に住んでいるひとは、そこに住み続けることによって引き受ける火山リスクが交通事故リスクを上回ることをよく理解して承知すべきである。
この研究の歴史
・現代都市への火山危険、ホームページ、1998年8月6日
・現代都市への火山の脅威、日本火山学会1998年度秋季大会,山形大、1998年10月
・日本の火山リスク評価の展望、東大地震研究所研究集会、2001年7月25日
・現代都市を脅かすカルデラ破局噴火のリスク評価、月刊地球、2003年11月
・日本火山のリスク評価、ブログ、2008年2月3日