富士山ハザードマップ検討委員会中間報告3.2(3)への意見

早川由紀夫(群馬大学教育学部)

2002.6.14.1510 

3.富士山についての調査検討結果
3.2 今後の富士山の噴火等についての検討
(3)防災対策の検討対象とすべき噴火の最大規模

防災対策は,一般的に大規模な災害に備えておけば小規模なものにも対応可能であるため,大規模なものについて検討する必要がある.

これは,大は小を兼ねるの考えである.しかし火山防災にこの考えを採用するのは,はなはだしく不経済である.火山噴火とその災害の規模は,何万倍(ときには何億倍)も異なる.1円の投資で済むことに,1万円あるいは1億円かけることは,許されない.

次の富士山噴火が,宝永のときと同規模になる確率は,その1/1000規模の小噴火になる確率の,およそ1/1000である.わずか0.1%しか起こりそうにない噴火タイプの対策を,残りの99.9%の噴火タイプにも適用しようとする考えは賛成できない.費用が1000倍もかかるなら,なおさらである.そのような無駄は,納税者として納得できない.

宝永規模,その1/10,その1/100,その1/1000の噴火を想定して,それぞれの場合の対策プランをつくってほしい.

しかしながら,防災対策の検討としては,過去発生したことのない規模のものを対象とするのは過大であり,過去の最大規模のものを対象とするのが適切である.

ここでいう過去がどこまで遡るのか,明言されていない.10万年前の富士山誕生まで遡るのであろうか?もしそうなら,5万1000年前には,東隣の箱根山から発生した破局的火砕流が富士山麓の半分以上を覆い尽くしたことをどう考えるのか?

もし(人が文字で書いた)歴史が残っている時代までとか,2000年前までとかを過去というのなら,その程度の遡及ではまったく不十分であると断言しよう.3000年ぶりに起こった三宅島の2000年夏の噴火がそのことを教えている.

また,過去発生したことのない規模のものを対象とするのは過大だと書いているが,ほんとうにそうだろうか?アメリカ・ワシントン州のセントヘレンズ火山で1980年5月18日に何が起こったかを知っている火山学者は,そんなことは口が裂けても言わないはずだ.

このことから,検討の対象とする噴火の最大規模は,火砕物を主体とする噴火(火砕物噴火)及び溶岩流噴火とも,宝永噴火等と同程度の噴出量約0.7km3とする.

同様に,0.07km3,0.007km3,0.0007km3の噴火も検討の対象としてほしい.また,噴火でない火山災害,すなわち山体崩壊によって岩なだれが生じる危険についても,ぜひ検討してほしい.富士山では,2400年前に実際にあったことなのだから.


2002.6.17.1010加筆

宝永噴火だけを検討対象にするのでなく,その1/10,1/100,1/1000の噴火も検討対象にしてほしい,また御殿場いわなだれも検討対象にしてほしい,と書いた私の意図は,こうです.

1/1000の噴火は,出現頻度が高いが,被害は小さい.宝永噴火は,出現頻度は小さいが,被害が大きい.御殿場いわなだれの再来は,出現頻度が(もっと)小さいが,いったん起こると被害がきわめて大きい.これらの中で,どれが損失期待値が大きいかをよく調べてから,どれにどれだけの対策費を投入するかを決めるのが合理的な火山防災対応だと考えます.

わたしたちは,ハザードではなくリスクを管理しなければならない.このとき,リスクは,

リスク = ハザード * 発生確率

と定義します.だから,この定義によるリスクは,損失の期待値に相当します.ここでのハザードとリスクの定義は,富士山中間報告の末尾にある用語の定義と違った使い方をしています.

日本の火山リスク評価の展望