地学雑誌印刷中
早川由紀夫*・新井房夫**・吉田 浩***
Yukio HAYAKAWA*, Fusao ARAI** and Yutaka YOSHIDA***
I.はじめに
ワシントン州東部に広がるコロンビア川玄武岩(中新世)は,第四紀に堆積したペルース・レス (Palouse loess) に覆われている(図1).このレスの中にはカスケードの火山から飛来した火山灰が何枚も挟まれているが,それらの噴火年代と給源火山の特定は,セントヘレンズから飛来した1,2の火山灰を除いて,まだなされていない.そこで私たちは,テフロクロノロジーによってペルース・レスの中に信頼できる時間目盛りを入れることをめざして,第四紀に大きな爆発的噴火をしたカスケードの火山(ベーカー・レーニア・セントヘレンズ・フッド・ジェファーソン・スリーシスターズ・クレーターレイク)の山麓で軽石・火山灰試料を採取し,それをコロンビア川盆地の火山灰試料と比較した.
図1 調査地域図.数字はテフラを採取した地点番号.Fig. 1 Locations of sampling sites in Washington and Oregon.
II.分析方法
採取した試料は,まず水洗いして鏡下で観察した.つぎにガラスと鉱物の屈折率を新井が浸液法によって測定した(表1).ここまでの作業によっていくつかのテフラが同一物であることが確かめられたが,検鏡と屈折率だけの情報からでは類似性を指摘できるに留まって,同一物であることを十分な根拠をもって示すことができない対比案がいくつか残った.
この困難を解決するために,10試料を選んでエネルギー分散型X線分光装置によってガラス化学組成を吉田が測定した(表2).装置は東京都立大学地理学教室のJEOL JED 2001(EDS)と JEOL JSM-5200(SEM)を用いた.加速電圧15kV,ワークディスタンス20mm,試料電流(ファラデェーカップ電流)0.3nA,X線取り出し角度30.41度,試料面角度18度,倍率1000倍とし,その他の方法はSuzuki(1996)に従った.
III.結果
中期更新世のテフラ テフラを挟む良好なレス断面は,ワシントン州東部のコロンビア川とスネーク川に挟まれた地域に集中して産する.なかでもWashtucna (10) とSt. John (22)は,おのおの6枚のテフラを挟む最良の露頭である(図2).
図2 代表的2地点の柱状図.Fig. 2 Columnar sections at Washtucna and St. John.
Washtucnaの下から2番目のテフラ10-2とSt. Johnの最上位のテフラ22-3は,どちらもバブルガラスを少量含み,その屈折率が1.506-1.508と等しい.22-3はわずかにホルンブレンドを含むが10-2には有色鉱物がほとんどみつからない.オレゴン州Tumaloのデシュート川岸に露出する火砕流堆積物に含まれる軽石塊61-1も同じように無斑晶質であり,ガラス屈折率が1.506-1.508とこれらと同一である.三者はガラス化学組成もよく一致するから同一テフラであると考えられる.ただし10-2と22-3は二種類のガラス粒子の混合からなる特徴が完全に一致するが,61-1は単一の軽石塊を砕いた試料のためかその中間の一種類のガラスからなる(図3).
Tumalo火砕流61-1と同時に降下したテフラはオレゴン州・カリフォルニア州・そして太平洋ですでにみつかっていて,Loleta火山灰と命名されている(Sarna-Wojcicki et al.,1987) .給源火山はスリーシスターズ火山群(おそらくブロークントップ火山)である.すぐ下にあるラッセン火山のRockland火山灰の放射年代40万年前(Sarna-Wojcicki et al., 1985) から推定すると,Loleta火山灰の噴火年代は約35万年前だと思われる.Sarna-Wojcicki et al.,(1987) が示したLoleta火山灰の化学組成,およびBusacca et al. (1992) が示したSJE-1A(私たちの22-3と同一層準の試料だと思われる)の化学組成も私たちの測定値と大きくは異ならない.ガラスの屈折率だけからではProsser 90-1もLoleta火山灰のようにみえるが,化学組成によってその可能性は否定される.
図3 Loleta 火山灰と Tumalo 火砕流堆積物のSiO2/TiO2ダイアグラム Fig. 3 SiO2/TiO2 diagram for Loleta ash and Tumalo ignimbrite.
Washtucna 10-2の上200cmにある10-3は,屈折率だけからはレーニア火山のSourdough Ridge軽石(14〜3万年前;Hoblitt et al., 1987)と同一物であるかのようにみえるが,その可能性は化学組成から否定される.10-3はクレーターレイクのPumice Castle軽石とよく似た化学組成である.33万年前ころにクレーターレイクで大噴火が起こったのではなかろうか.
Washtucna10-2の下120cmにある10-1と,St. John 22-3の下110cmにある22-2,さらに25cm下にある10-1は屈折率だけでなく化学組成もよく似ている.この類似性はすでにBusacca et al. (1992)によって指摘されている.彼らはこれらの火山灰の給源火山をセントヘレンズだと考えているが,セントヘレンズの代表的テフラのガラス化学組成(Sarna-Wojcicki et al., 1981)とくらべると,あまり似ているようにはみえない.
後期更新世のテフラ レーニア火山のサンライズ道路脇に,細粒軽石がティルに挟まれて露出していることはすでに知られている(Pringle, 1994).その給源については言及されていなかったが,黒雲母を含むことと数mmの軽石からなるという特徴から,この軽石は南南西へ93km離れたセントヘレンズから噴火したC軽石群(Mullineaux, 1996)のどれかにちがいない.ガラスと鉱物の屈折率もこの同定を否定しない.間に紫色の降下シルトの薄層が挟まれているから,上下の軽石層はそれぞれCyとCmである可能性が高い.
その下には10cmのレス挟んで,地元レーニア火山から降下した軽石層(厚さ100cm,最大粒径4cm),さらに10mのティルを挟んでスコリア層(厚さ100cm,最大粒径3cm)がある.セントヘレンズC軽石群の年代は4万年よりやや古いから(Mullineaux, 1996),このティルは海洋同位体ステージ4のときの堆積物だと思われる.そのころレーニア火山もさかんに噴火していたのだ.
更新世最末期の1万5000年前にセントヘレンズから飛来した火山灰Sをコロンビア川盆地で確認した.この火山灰は,そのころ数十年おきに約100回起こった大洪水(ヨークルフロイプ)の堆積物の間に挟まれて産する(Waitt, 1980).
完新世のテフラ クレーターレイクから7700年前に噴火したMazama火山灰が,レーニア火山麓とベーカー火山麓の泥炭の間に挟まれていることはすでに知られている(Mullineaux, 1974; Easterbrook, 1975).私たちは両火山でこれを確認した.ベーカー火山では,Mazama火山灰の上に数cmの泥炭あるいはレスを挟んで降下火山砂や熱雲堆積物がのる.ベーカーは山頂部をいま氷にすっかり覆われているが,完新世に激しい噴火をした要注意の火山である.
セントヘレンズの1980年火山灰が,地表のすぐ下のレスの中に保存されていることを火山から300km離れたWashtucnaで確認した.この火山灰は地層として長く残るだろう.
IV.考察
テフラの同定確度 カスケードの火山から噴出したテフラは,一枚の中でガラスおよび鉱物屈折率のばらつきが大きい.噴火の開始から終了までの間にマグマの組成が大きく変化することによるのだろう.このことは,屈折率測定によるテフラの同定がこの地域では簡単でないことを意味する.
同じ火山からもたらされたテフラでも鉱物組合せが異なることがあるので,それによる同定が有効な場合もあるが,コロンビア川盆地のような給源火山から200km以上離れた遠隔地の試料はほとんどガラスばかりからなるから,そこで鉱物組合せの情報を得ることは難しい.
テフラの堆積盆 テフラが地層として保存されるためには,平坦で低い土地と湿潤気候が必要条件である.カスケードの風下(東)には平坦な土地が広がるが,乾燥していて植生がまばらにしかない.ここはテフラを保存するのに適した土地とはいえない.とくにHigh Desertと呼ばれるオレゴン州東部は平坦だが標高が高いために地表を覆うレスがきわめて薄い.一方ワシントン州東部には標高600m以下の平坦面が広くあって,厚いレスが堆積している場所もある.その厚さはときに20mを超える.ただし更新世最末期に繰り返し起こった大洪水で,コロンビア川にちかいところのレスはことごとくはぎ取られてしまっている.だから,テフラを挟む「有能な」レスはワシントン南東部の標高400-600m地域のごく限られたところにしかない.
オレゴン州東部では,Summer Lakeなどの多雨湖の堆積物中に挟まれているテフラの研究がある(Davis, 1985).湖成層は,乾陸上に堆積したレスよりもテフラを保存する地層として有能であろう.
第四紀における環境変化 Mullineaux (1996) が指摘したように,セントヘレンズ火山でC軽石群は標高600m以下のところだけに限ってみつかる.それより高いところに堆積したC軽石群は海洋同位体ステージ2のときに働いた周氷河作用によって地表からはぎ取られてしまったらしい.同様のことは北関東でも標高1300mを境にして観察されている(高田,1986;早川・由井,1989).
第四紀に何回も繰り返された寒冷期に周氷河限界がどこまで下りてきたかを,テフラの有無を使ってかなり詳しく知ることができるだろう.ローム層中にしばしば観察される不整合の意味も問い直される必要があろう.
V.まとめ
アメリカ合衆国北西部のテフロクロノロジーは,日本とくらべて条件に恵まれないが,それでも以下の成果が得られた.1)約35万年前にスリーシスターズ火山群から噴出したLoleta 火山灰をコロンビア川盆地のペルース・レス中に発見した.2)4万年より少し前にセントヘレンズから噴火したC軽石群をレーニア山を覆うティルの中に発見した.
文 献