噴火マグニチュード7.0を超える巨大噴火は,過去13万年間に日本で10回起こった.しかし日本に文字文化が移入されて以降の最近1500年間はひとつも起こっていない.つまり私たちの先祖はその記憶を私たちに申し送りしていない.極端な人口集中の場である現代の都市に住む人々にとって,この「未知の」巨大噴火の危険はいかほどであろうか.これを数量的に把握するため,同じ噴火がいま起こったときに失われる人命の概数をその噴火の破壊力とよび,破壊力を噴火の発生年代で割ったものを危険度とよんで以下に考察しよう.
たとえば,8万7000年前に阿蘇カルデラから発生して鹿児島県を除く九州全県と山口県を高温の熱風で飲み込んだ阿蘇4火砕流の噴火(M8.4)の破壊力は1100万であり,危険度は126である.2万8000年前に姶良カルデラから発生して鹿児島県・宮崎県・熊本県に広いシラス台地をつくった入戸火砕流の噴火(M8.3)の破壊力は300万であり,危険度は107である.危険度は,破壊力で示される死者数を1年あたりにならしたものと考えてよい.
巨大噴火の発生頻度は日本全体で1万年に1回程度,全世界でも1000年に1回程度と低いが,近くに都市をもつ火山でそれが発生すると数十万から数百万の人命が瞬時に失われる.火砕流に飲み込まれた被災地の住民はひとり残らず犠牲になる点が,被災地住民のふつう数%以下が犠牲になる地震動災害と大きく異なる.
火山による大災害は巨大噴火のときに発生する大規模火砕流だけによって引き起こされるわけではない.ひとつの大円錐火山の一生の中で一度か二度だけ起こる山体崩壊のときの岩なだれで都市が埋没する危険も大きい.数千年という短時間で一気に作られる(優美な)大円錐火山はそもそも重力的に不安定だから,きっかけが与えられれば簡単に崩れる.また溶岩ドーム上昇にともなって発生する熱雲で都市が焼き払われる危険もある.このタイプの災害としては1902年のサンピエール市の事例が有名である.
危険度によって示される1年あたりの死者数は(地震動災害による死者数とくらべて)けっして小さくないから,次の大規模火砕流・山体崩壊・熱雲発生を恐れることは杞憂にすぎないと考えたり,その危険を評価したり監視することに投資するのは無意味だと考えるのは当たらない.
過去に起こった大規模火砕流や岩なだれの堆積物は火山麓に広い平坦面をつくって人々に生活の基盤を提供した.そうしてつくられた土地の上に建設された現代都市の生活者にとって,この火山の恵みは当たり前すぎて日々の生活では忘れがちだろう.しかしひとたび火山に異常が発生したら,自分たちの生活基盤がそもそも火山と不可分の関係にあったことをぜひ思い出してほしい.
火山 | 事件 | M | 発生年代 | 破壊力 | 危険度 | 壊滅的打撃を受けた市・県 |
雲仙岳 | 眉山岩なだれ/津波 | 3.6 | 208年前(1792) | 10万 | 481 | 島原市 |
樽前山 | Ta-a火砕流 | 5.2 | 261年前(1739) | 5万 | 192 | 苫小牧市 |
樽前山 | Ta-b火砕流 | 5.4 | 333年前(1667) | 5万 | 150 | 苫小牧市 |
十和田湖 | 毛馬内火砕流/泥流 | 5.7 | 1085年前(915) | 5万 | 46 | 鹿角市 |
榛名山 | 渋川熱雲 | 4.8 | 1400年前 | 30万 | 201 | 渋川市・前橋市・高崎市 |
富士山 | 御殿場岩なだれ | - | 2400年前 | 50万 | 208 | 御殿場市・裾野市・沼津市・小田原市 |
岩手山 | 平笠岩なだれ | 3 | 6900年前 | 20万 | 29 | 盛岡市 |
鬼界カルデラ | 幸屋火砕流 | 8.1 | 7300年前 | 20万 | 27 | 西之表市・指宿市・枕崎市・鹿屋市 |
妙高山 | 田口岩なだれ | - | 1万年前 | 5万 | 5 | 新井市 |
姶良カルデラ | 薩摩火砕流 | 5.9 | 1万2000年前 | 60万 | 50 | 鹿児島市・国分市・垂水市 |
男体山 | 白崖火砕流 | 5.6 | 1万4900年前 | 10万 | 7 | 日光市・今市市 |
十和田カルデラ | 八戸火砕流 | 6.7 | 1万5000年前 | 200万 | 133 | 青森県・秋田県・岩手県 |
浅間山 | 平原火砕流 | 6.0 | 1万5900年前 | 10万 | 6 | 小諸市・佐久市 |
浅間山 | 塚原岩なだれ | 5.3 | 2万4300年前 | 50万 | 21 | 佐久市・小諸市・渋川市・前橋市・高崎市 |
姶良カルデラ | 入戸火砕流 | 8.3 | 2万8000年前 | 300万 | 107 | 鹿児島県・宮崎県・熊本県 |
十和田カルデラ | 大不動火砕流 | 6.7 | 3万0000年前 | 200万 | 67 | 青森県・秋田県・岩手県 |
屈斜路カルデラ | 第一火砕流 | 7 | 4万0000年前 | 10万 | 3 | 北見市・網走市 |
支笏カルデラ | 第一火砕流 | 7.2 | 4万1000年前 | 200万 | 49 | 札幌市・千歳市・苫小牧市 |
箱根山 | 東京火砕流 | 6.1 | 5万2000年前 | 100万 | 19 | 神奈川県・静岡県 |
銭亀火口 | 女那川火砕流 | 6.6 | 5万3000年前 | 40万 | 8 | 函館市 |
阿蘇カルデラ | 阿蘇4火砕流 | 8.4 | 8万7000年前 | 1100万 | 126 | 鹿児島県を除く九州全県・山口県 |
都市への危険が考えられるが,調査不十分のため過去の事例がよくわかっていないもの: