そのうちこどもが小学校に行くようになり,「地震への備え」というパンフレットを もらってきました.授業中に地震が起こった場合を想定して,食料ほかを備蓄してい ると書いてあったのでたいへん感心しました.
シアトルは,開闢(かいびゃく)以来,たいした被害地震にあっていません.1949年と1965年にやや大きな地震がありましたが,後者の被害総額は1200万ドル(14億円)といいます.1995年神戸地震の被害総額20兆円とくらべると問題になりません.ですから,シアトル住民の防災意識がこれほど高いのはたいへん不思議です.
調べてみると,サンフランシスコを襲ったような大地震がシアトルにも来ておかしく ないという学術的知見が得られたのは,ごく最近のことだということがわかりました. Juan de Fucaプレートの沈み込みによってシアトル大都市圏で大きな地震が過去 7000年間に少なくとも6回起こったことを,Brian AtwaterがScience (vol 236, p 942-944)に発表したのは,1987年のことです.彼が示した証拠は,ワシントン州 の海岸にみられる湾の沈降と津波堆積物です.この学術的知見がすみやか,かつ素直に シアトル市民の間に浸透したようです.
そのうちの最近の地震はおよそ300年前に起こったことが,AtwaterとStuiverらによる 高精度放射性炭素年代学からわかっていましたが,その発生日時が正確に1700年1月26日の 21時ころだったと,日本に達した津波の研究から今年わかりました(Satake et al. 1996, Nature, 379, 246-249).これは,なんともおもしろい研究ではありませんか.
しかしJuan de Fucaプレートの沈み込みによって起こるこの地震は,シアトルのはる か西方の海溝近くで起こりますから,シアトル大都市圏はそれによって大きく揺ら されはするでしょうが,壊滅的打撃を受けるほどではないでしょう.それでは神戸の ような内陸地震はないのかというと,実はそれもあったのです.ダウンタウンを東西に横 切るシアトル断層というのがあって,それが1000年前に動いたというのです.Scienceの1992年12月号に,それに関する論文が5つ(1611-1623)と紹介記事がひとつ(1592-1593)のっています.
図1.1000年前の地震で7 m 隆起した海岸.緑の芝生で覆われた面は,1000年前にはいまの波打ちぎわと同じ環境にあった.Restoration Point
図2.Puget Soundをはさんで10 km東にシアトルの高層ビル群が見える.Restoration Point
それによると,1)ダウンタウンの北10 kmの岬(私のこどもがこの夏サマーキャンプ にいった公園内)に津波の堆積物がある,2)ダウンタウンの西10 kmの海岸が7 m隆起 した(図1,図2),3)オリンピック山にたくさんの崖崩れがある,4)ワシントン湖底にタービダイトがある,という独立した事件がみな一様に約1000年前を示し,とくに1)と4)は年輪年代学で,同じ年の同じ季節の事件であったとまで同時性が確かめられているのです.
これは,かなり確からしい.
1000年に一度の災害でも,このようによく注目され,しかるべき研究計画にきちんと研究費がつき,そこで得られた結果に対して正常な防衛策がとられている社会も世の中にはあることがわかります.