5章 噴火の大きさを測る
火山噴火の大きさはさまざまなパラメータで表現することが可能である.噴
出したマグマの体積で測れば規模,単位時間あたりに噴出したマグマの量で測
れば強度が得られる.爆発時の圧力あるいは噴出物の初速を測れば激しさが得
られる.噴出物がまき散らされた面積で測れば散布力,破壊された土地の広さ
で測れば破壊力が得られる.死傷者の数で測ることもできる.これらはどれも
独立のパラメータではなく,互いに関係をもつが,独立性がつよい規模と強度
で噴火の大きさを表現すると整理しやすい.
(1)降下テフラの噴出量
降下テフラの層厚を広い範囲で測定して分布図を作成すると,その噴火で噴
出したマグマの量を知ることができる.降下テフラの体積計算は簡単であり,
テフラの分布限界まできちんと測定した等層厚線図(図5.1)を用意しさえす
れば,問題はどこにも存在しないと思う人がいるかもしれない.しかし実際は,
層厚10cm以下あるいは火山から200km以上はなれた地域でテフラを層として
確認することは,多くの場合,困難である.火山近傍で得られた層厚と面積の
関係を両対数グラフ上に示して,それを薄層側へ外挿しようと試みても自由度
が大きすぎて満足できる結果が得られない.火山シルトが噴火によってどれく
らい広く拡散されるか見当がつかない.
もしマグマが鉱物結晶を含んでいれば,噴出した結晶の全量を実測すること
はできる.この作業は膨大な労力を必要とするが,特定サイズの結晶だけに測
定対象を限ればいくぶん作業量が軽減される.1mmより大きくて2mmより小
さい結晶だけを測ることにしよう.そのような結晶のほとんどは通常の気象条
件下では火山から100km以内の地点に落下するから,試料採集計画をうまく
立案すれば単位面積あたりの重量分布図を精密に作成することができる.これ
から,そのサイズの結晶の噴出重量を知ることができる.一方,十分大きな軽
石を粉砕すればマグマの中に含まれていた1-2mmの結晶の含有率を調べるこ
とができるので,比例計算によって噴出したマグマの重量を計算することがで
きる.これはウォーカー(G.P.L. Walker, 1980)によって初めて試みられた方
法であり,結晶法(crystal concentration study)という.
降下テフラの噴出量を測定する方法として結晶法はたいへん優れている.し
かし特定サイズの結晶だけに測定対象を限ったとしても,粒度分析と構成物量
比の測定を多数の試料に対して行わなければならない.また,とくに古いテフ
ラの場合には露出が限られるから,計測に必要な試料を得ることができないこ
とが多い.それゆえ簡便法がぜひ必要となる.図5.2を見てわかるように,一
般の降下テフラの層厚-面積(T-A)曲線は両対数グラフ上で傾き-1の直線に
ほぼ平行する.大噴出量の降下テフラから小噴出量の降下テフラまで一様に
T-A曲線がほぼ平行であるということは,大きな噴火でも小さな噴火でも,地
球大気中でのテフラ粒子の拡散のしくみがほとんど変わらないことを示してい
るのだろう.したがって,どれかひとつの降下テフラの正確な体積がわかれば,
それをリファレンスとして単純比較すなわち同一層厚での面積比あるいは逆に
同一面積での層厚比によって,任意の降下テフラの体積を決定することができ
る.さらに便利なことには,傾きが-1に近いことから積TAがひとつの降下テ
フラでは層厚によらずほぼ一定である.この性質を利用することによって,降
下テフラの体積Vを簡便に計算することのできる式
V = 12.2 TA (5.1)
が導かれる.係数12.2は,結晶法によって噴出量が求められた5つの降下テフ
ラの係数の平均値である.
(2)噴火マグニチュード
地震学では地震の規模を表わす数値をマグニチュード とよび,1935年にリ
ヒター(C.F. Richter)が始めた尺度を改良した複数のスケールがひろく使われ
ている.しかし,火山噴火の規模を表わす尺度でひろく使われているものはま
だ存在しない.
噴出したマグマの質量の常用対数を噴火規模あるいは噴火マグニチュード
(以下単にM という)とよんで,火山噴火の大きさを測る尺度のひとつに使お
う.ごく小規模な爆発を除くと,噴火で放出されるエネルギーのほとんどは噴
出物がもつ熱エネルギーであるから,噴出物の量に注目することは重要である.
ただ,体積でその量を表現すると密度を付言しなければならないので,質量で
表現したほうが明確である.
具体的には,
M = log m - 7 (5.2)
ただし m は噴出マグマ質量 ( kg ) としてM を定義する.1 km3 = 2.3 x
1012 kg のマグマを噴出した噴火の M は5.4となる.M は,スミソニアン博物
館による世界の火山カタログ作成計画で採用されている火山爆発指数(VEI)
を溶岩流出にも拡張し,より厳密に定義したものと考えてもよい.5.2式で7を
引いたのは, M の指標(整数部分)を VEI に近づけるよう配慮したからであ
る.VEI は,噴出物量・噴煙柱の高さ・記述用語・噴火継続時間などから噴火
の大きさを推定する半定量的尺度である.VEI はほんらい火山噴火の爆発度を
測る尺度であるから,ここでいう規模とは異なっている.VEI では,静かに溶
岩を流出する噴火はどんなに大量のマグマを噴出しても0と評価される.
噴火マグニチュードの実例を,降下テフラ・火砕流・溶岩流に分けて,表
5.1に示す.降下テフラの場合,M2より小さい噴火は堆積物としての痕跡を地
層中にとどめるのはむずかしい.プリニー式噴火の堆積物はM7を超えない.
それより大きい降下テフラは,例外なく,大規模火砕流にともなうサーマル雲
からの降下火山灰である.M6を超える溶岩流はまれである.またM2.5より小
さい溶岩流もまれである.知床硫黄山の1936年噴火(M1.3)では,珪酸塩では
なく溶融硫黄の溶岩が流れた.一回の噴火のマグニチュード上限はM9ふきん
にあるらしい.
(3)火山噴火で放出されるエネルギーの評価
ごく小規模な爆発を除くと,噴火で放出されるエネルギーのほとんどは噴出
物がもつ熱エネルギーであると上で述べたが,爆発による運動エネルギーが噴
出物の熱エネルギーを上回るのは,Mが1に満たないときに限る.堆積物を残
す程度の噴火で放出されるエネルギーのほとんどは熱エネルギーで占められて
いる.火山も地震も,ともに地球の内部エネルギーを激しく放出する現象であ
るが,火山ではおもに熱エネルギーが,地震では運動エネルギーが短時間に放
出される点が異なる.
火山噴火で放出されるエネルギーE(J)とマグニチュードMとの間には
log E = M + 13.2 (5.3)
の関係がある.火山噴火のエネルギーは,地球表面から放出されている他のエ
ネルギーと比較してどのように評価されるであろうか.短時間にエネルギーを
放出する火山噴火と地震をくらべてみよう(表5.2).中級の噴火(M5.0)のエ
ネルギーは最大級の地震(M9.0)のそれに匹敵し,最大級の噴火(M8.0)は,その
1000倍に達する.発生頻度を考慮して単位時間あたりのエネルギー放出量を
くらべてみると,日本列島周辺での火山噴火によるエネルギー放出量と地震に
よるエネルギー放出量はほぼ等しいが,地球全体でみると火山噴火は地震の数
十倍のエネルギーを放出している.一方,定常熱流量がこれらの短時間放出型
エネルギーの10〜100倍であることは,地球システムを正しく理解する上で重
要である.
(4)降下テフラの噴出率
降下テフラ層を構成する粒子の大きさが,火山からの距離と方向によってど
のように変化するかを調べることによって,その噴火で単位時間あたりに噴出
したマグマの量を知ることができる.これを噴出率Qとよぼう.
たとえば直径1cmの石質岩片が火山のまわりにどのように分布するかを調べ
て,分布限界線が図5.3のように描けたとする.最高到達距離Rdは,RwとRc
の和であらわされる.Rwは風による移動距離,Rcは上空で噴煙柱が水平方向
に拡大することによって獲得した距離である.噴煙柱の太さは,高く上昇すれ
ばするほど太くなる.図5.4はスパークス(R.S.J. Sparks, 1986)がモデルに基
づいて計算して得た噴煙柱の高さHと太さの関係図である.この太さが水平拡
大距離Rcを決定する.図5.4はモデルの熟成によって改良されていく必要があ
るが,降下テフラの粒径分布図から計測できるRcによって噴煙柱の高さHを知
ることができ,結局,式2.1からマグマの噴出率Qが計算できるのでたいへん魅
力的である.この方法で計算されたプリニー式噴火の噴出率は106〜109 kg/s
の間にほぼはいる.
石質岩片の等粒径線図の実例を図5.5に3例あげた.中掫ちゅうせり軽石はRwが小さく
Rcが大きいから,風が弱いときに高い噴煙柱が立ったことがわかる.小国おぐに軽石
はRwが大きくRcが小さいから,風が強いときに低い噴煙柱が立った噴火だっ
た.南部軽石はRw, Rcとも大きいから,風が強いとき高い噴煙柱が立った噴
火だった.
噴出量mと噴出率Qには,いずれも約1000倍のバリエーションがあるが,両
者の間には正の相関関係(図5.6)があるから,V/Qで計算できる噴火時間の
バリエーションは1〜100時間程度に縮まる.
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