岩手山の解説          早川由紀夫(群馬大学教育学部)

98.8.6

火山の時間は長い 振り切れ微動が観測されて臨時火山情報3号が出た7月10日から現在まで,岩手山は小康状態を続けています.噴火するのをあきらめたのかしら?いえ,火山で流れる時間は長いのです.

たとえば雲仙岳の前回の噴火は以下のタイムスケジュールで進みました:

1990.07.04 初めての火山性微動
(4ヶ月)
1990.11.17 九十九島から白煙上昇(水蒸気爆発;噴火開始)
(6ヶ月)
1991.05.19 溶岩ドーム出現
(1ヶ月)
1991.06.11 軽石噴火(クライマックス)

今回の岩手山は以下のタイムスケジュールで進んでいます:

1995.10 初めての火山性微動と低周波地震
(29ヶ月)
1998.03.12 傾斜計とひずみ計に変化あらわれる
(1ヶ月)
1998.04.29 M2.7を含む多数の地震(臨時火山情報1)
(2ヶ月)
1998.06.24 低周波地震と微動(臨時火山情報2)
(0.5ヶ月)
1998.07.10 振り切れ微動(臨時火山情報3)
(1ヶ月)

火山はひとつ一つ固有のくせをもっています.雲仙岳の場合は初めての火山性微動発生から噴火開始まで4ヶ月だったのに,岩手山の場合それからすでに34ヶ月たつからおかしい,とは言えません.岩手山は岩手山なりのペースで噴火の準備をしているとみられます.

いったん始まったら速いかもしれない 雲仙岳の噴火開始からクライマックスまでは7ヶ月かかりました.しかし岩手山のその間隔はそれほど長くはないだろうと,私は,思います.雲仙岳は流紋岩に近いデイサイトマグマの火山だが,岩手山は玄武岩にちかい安山岩マグマの火山だからです.

流紋岩火山と玄武岩火山のテンポの違いは,マグマが噴出し始めたあととくに顕著だろうと思います.雲仙岳の場合は,溶岩ドームとしてマグマが地表に顔を出してからクライマックスまで23日かかりましたが,岩手山の場合はマグマが出始めたら,1日か2日(長くて一週間)で決着がつくと思います.

ですから,雲仙岳のような長期居座り型の災害はあまり心配する必要がないでしょう.一方,噴火開始直後の対応には迅速さが求められます.事前の備えの有無が防災の成否の鍵を握っているといえましょう.

なお,岩なだれはマグマ噴出とは別メカニズム(山体の重力的不安定)で起こりますから,別途考察する必要があります.


98.8.4/8.5

岩なだれに関する火山学者の説明責任 

雲仙岳の1991.6.3噴火によって43人の方が帰らぬ人となった理由のひとつとして,「(雲仙でいま頻発している種類の)火砕流はきわめて危険である」という学術情報が火山専門家から社会にうまく伝わらなかった事実をあげることができます.

火砕流の危険を社会に向けて発信することは人心を乱す悪影響のほうが大きいだろうとする憶測が,火砕流が頻発していた5月末においてさえ,火山学者グループの間にあったようです.社会心理学に関してほとんど知識を持たない火山学者が素人判断をしたわけです.これに加えて,観光業者や地元行政からの心理的圧力が火山学者に作用していたかもしれません.

そもそも「火砕流」という語を非専門家に向けて使うことを禁忌する雰囲気がそのとき火山学者グループにありました.この結果,火砕流の性質とその危険性に関する専門知識が社会に十分に普及する前にあの惨事が起こってしまったのです.

今回の岩手山の場合は,「岩なだれ」という語がそれにあたるようです.いま「岩なだれ」という語を禁忌して,その特徴と危険性と予見可能性(多くの岩なだれは予知できる!)を社会に向けて火山学者が詳しく説明しないと,近い将来岩手山が噴火したとき次のような不合理が発生する可能性があります:

  1. 岩なだれの危険がまったくないのに,住民がそれを恐れてパニックが発生する.
  2. 岩なだれの危険が差し迫っているが,もはや手遅れで成す術(すべ)がなく,身ひとつで逃げるしかない.

必要以上の危機感をあおることはもちろん望ましくありませんが,学術的知識を(十分な時間的余裕を持って)正確に詳しくそしてわかりやすく社会に伝えることが,いま火山学者に課せられている倫理的責任であると私は考えます.

いまの岩手山について,火山専門家の多くが認める現状認識と考えは以下だと思います:

  1. 岩手山は今回まだ噴火していない.
  2. 岩手山は近い将来噴火しそうだ.しかしその時期を正確に特定することはできない.
  3. 噴火の規模と様式を特定することはむずかしい.しかし過去の事例をみることによって,いくつかの噴火シナリオを想定することができる.
  4. 最初の「一発」は(地震が集中している)大地獄を中心とする西岩手で起こるのではないか.
  5. そこで爆発が起こったときは,焼切沢に沿って登る七滝登山道にいる人にただちに危険が降りかかる可能性が無視できない.したがって,いまの異常がおさまるまでその登山道に限り閉鎖することが望ましい.
  6. その他の地域に抜き差しならない危険は,いま現在,存在しない.
  7. 噴火が始まって岩手山の「出方」が少しわかった段階で,次の警戒対策(アクション)をとるのが適当だ.そして,それで十分間に合う.


98.7.25

水蒸気爆発って何? いま岩手山では水蒸気爆発が起こるのではないかと心配されています.「水蒸気爆発って何?それってどうなるの?」とお思いの方は,「フィールド火山学」のなかの「1.8 水蒸気爆発で降下した火山粘土」をごらんください.その実態は,...粘土が降るんです.火山の火口の中で長いこと高温におかれて生じた粘土が空中にほおり出されて,それが(風下に)降ってくるのです.粘土はぬるぬるで気持ち悪いですが,それだけです.気持ち悪い以上のことはありません(まあ飲み水が濁るといやですが).水蒸気爆発でおそろしいのは,粘土と同時に空中に放出される固い岩石片です.草津白根山の場合,火口から3.0kmのところに直径30cmの固い岩石片が到達しています.このような岩石片の直撃を受けないようにしましょう.

粘土が降っても気持ち悪いだけだと上でいいましたが,地表に降り積もった粘土は悪さをします.粘土が覆った地表に雨が降ると,水は地下にしみこむことができないで地表を流れます.そうすると,泥流そして(岩石を多量に含んだ破壊的な)土石流が発生します.粘土が降った直後の大雨のときは土石流の発生に注意.これは鉄則です.

土石流は雨が降らないと発生しません.土石流の発生は予測可能です.粘土が降って雨が降ったら,沢筋にお住まいの方はすみやかに避難しましょう.予測可能の災害で命を落とすことほどむなしいことはありません.


98.7.17

フィールド火山学」のページから岩手山の写真をひろいました.

5.1 大円錐火山の崩壊 岩手山麓には岩なだれ堆積物が何枚もある.岩手山が過去に何度も山体崩壊を繰り返したからである.この小岩井岩なだれ堆積物は洞爺火山灰を含む厚いローム層に覆われている.約12万年前に起こった山体崩壊の堆積物だ.(岩手県滝沢村鵜飼)

中央やや下の人物は,このギョーカイで超有名な千葉達朗さん

7.8 柱状節理と板状節理 谷地形を埋めた直後の溶岩原は水平だが,冷却に伴う収縮率は一定だから,深い谷を厚く埋めたところがもっともたくさん収縮して上面がへこむ.地表の流水による浸食で,そこが再び谷となって柱状節理の断面があらわれる.(岩手山の葛根田の大岩屋)


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98.7.15

6900年前の山くずれのときに発生した平笠岩なだれで破壊された地域

岩なだれ,およびそれが流下中に転化する泥流に覆われると,そこの地表は完全に破壊される.震源域が山の西側に集中しているいま,岩手山の東側で6900年前のような山くずれが発生することを心配する必要はないが,今回の危機が6900年前の災害の再来に発展する可能性がゼロであるとも言えない.岩手山の東側の優美で平滑な斜面は,その山くずれのあとのわずか6900年間で構築された若い火山体であり,それゆえ不安定だからである.

松尾村・西根町・滝沢村・玉山村そして盛岡市の住民にとってこの災害脅威は,日常生活において交通事故に遭遇して命を落とす確率とほぼ同等とみてよい(日本人が交通事故にあって死亡する確率は,毎日1/4,000,000です).毎朝,登校する前の小学生に「車に気をつけて」と声をかけるおかあさんと同じ気持ちで,住民の方に(過去の)この災害を気にかけてほしい.知っててほしいのです.

赤は,6900年前の堆積物を現在確認できるところ(土井1991による)
オレンジは,そのとき岩なだれが高速で通過したとみられる地域

山くずれは,いきなりは起こらない.山くずれの前には山体が著しく変形する前兆が観測される.アメリカ合衆国ワシントン州のセントヘレンズ火山は,1980年5月18日朝,大規模にくずれて山頂が500mほど低くなった.山くずれの瞬間まで,セントヘレンズ火山は2ヶ月ほどかけてゆっくりと100mも山体を変形させた.それは,肉眼でみても容易にそれとわかるほどの顕著な膨らみであった(だから岩手山が崩れるとしても,その前にそれとわかる前兆がとらえられるはずだ.前兆がまったくみられないいまは,これに対策しなくてよい.知っているだけでよい).

国土地理院の「岩手山周辺のGPS観測結果」をみると,2月ころから7月11日までに,岩手山は南北方向に約4cm拡大したことがわかります.これは,セントヘレンズの100mとくらべるとほんのわずかの拡大にすぎません(だから,現時点で山くずれを恐怖するのは不合理です).

群馬県火山の噴火シナリオとハザードマップ」を類似例としてごらんください.火山危機では,以下の点に留意して防災に取り組んでほしい.

  1. 専門家は,マップだけでなく噴火シナリオと噴火確率も提示してほしい.
  2. そのためには過去の災害実績をよく調べることが有効です.
  3. 防災対応は,地元自治体みずからが主体的になすべきです.
  4. 中央官庁(行政と監視)および火山専門家は,地元自治体に積極的に協力してほしい.
  5. テレビ・新聞に代表される報道機関は,住民への広報・啓発において大きな役割を果たすことができます.
  6. 住民は,火山危機はいやなことだと避けることなく現実を直視してほしい.自分に都合のよい解釈だけを求めようとせず,事実を素直に受けとめてほしい.


98.7.14.0822

きのう朝,しばらくぶりに晴れたのに,ヘリは飛ばなかったのだろうか?大地獄の様子が変わったか/変わっていないかの情報が手に入りません.火山観測情報35にもヘリ観察の報告がありません.(選挙疲れの)報道のみなさ〜ん,しっかり働いていますか?今朝も晴れて山がよく見えています.飛ぶならいまですよ.


98.7.12

臨時火山情報3号が伝えた10日の「振幅の大きい火山性微動」は地震計の針が振り切れた「振り切れ微動」です.新聞は書きませんが,この振り切れ微動は噴火微動だった可能性があります.このことは10日の気象庁の記者レクで説明されました(したがってヒミツ情報ではありません).つまり岩手山は10日朝に噴火したのかもしれません.もし噴火したとしたら大地獄からでしょうから,いまそこに(地上から)近づくことは自殺行為に等しい.現地が晴れたらヘリリポートに注目しましょう.報道のみなさん,しっかり観察して報告してください.

以下は専門家向けの議論です.

おととい(7.10)私は,平笠岩なだれの年代を6000年前と書きました.これを6900年前と訂正します.土井ほか(1991)は,測定したたくさんの放射性炭素年代のうち,汚染が少なかったと思われる深いところから採取された試料の年代が6.0千年前に集中することを書いています.このころの炭素時計は900年ほど狂っていましたから,その暦年代は6900年前とみるのが妥当です.したがって,東岩手火山は過去6900年間のたび重なる噴火でつくられた山体だということになります.

十和田湖から6300年前に噴出した中掫軽石との上下関係がわかれば,平笠岩なだれの暦年代の精度をもっと向上することができるでしょう.

土井宣夫・大石雅之・吉田裕生(1991)岩手火山山麓の岩屑なだれ堆積物の14C年代−岩手火山噴出物とそれに関連する堆積物の14C年代(その3)−.岩手県立博物館研究報告,9,1-12.


私の小文「火山災害を防ぐ」をご利用ください.火山防災の一般論です.


98.7.10

「おおむかし 山くずれ」と私は6.27に書きました.でも,土井(1991)を調べたらそれほど大昔ではないらしいことがわかりました.小さい山くずれは数百年前にも起きたらしい.そのとき生じた一本木原岩なだれの堆積物は東山腹の自衛隊演習場付近に分布しています.

6900年前の山くずれはかなり大きかった.北東山麓に平笠岩なだれ堆積物を広く展開しています.このときは,盛岡市にも大きな影響が及んだものと思われます.南部片富士とよばれるほど整った円錐形をなす東岩手の山体は,このあとの噴火でつくられました.

土井宣夫(1991)岩手火山山麓の岩屑なだれ堆積物群.火山,36,483-484.


このページでの私の発言が,東京新聞6.30「ニュースの追跡・話題の発掘」で取り上げられました.


98.6.27

岩手山 1/300 火山体の変形と同時に地震が群発している.1919年に小爆発した大地獄の周辺500mと,そこから流れ出る焼切沢は,いまたいへん危険.水蒸気爆発による岩塊飛散と土石流発生の危険がある.1686年に大爆発した山頂火口ふきんも要注意.焼走り溶岩は北東山腹からの1732年噴火で生じた.

岩手山が近い将来噴火するのではないかとみる理由は以下です:

  1. 1995年10月以来,しばしば火山性微動と低周波地震が観測されている.火山性微動と低周波地震は,地下で流体が動くと発生します.
  2. 1998年3月12日にあらわれた傾斜計とひずみ計の変化がいまも継続している.これは,地下に物質(マグマ?)が追加されて火山体が変形しているのではないかと思わせます.
  3. 地震がたくさん起こっている.
  4. 大地獄の噴気温度が上昇した.
  5. 岩手山の北側と南側がわずかずつではあるが離れているのが,人工衛星をもちいたGPSで観測されている.

岩手山の過去の噴火

Mは噴出量の常用対数です(10倍で1増加します)

岩手山の火口はいますべて閉じていますから,もしマグマが地表に出ようと思っても通り道をみずからつくらなければなりません.ですから,岩手山ではまず,地表付近の岩石を噴き飛ばす水蒸気爆発が起こるのではないかと予想されます.そのあと,どれくらい大量のマグマが出るか,または(1919年のように)出ないか,また出るとしてもどういう様式で出るか(1686年のように)激しい爆発か,(1732年のように)静かな溶岩流出かを,いまの段階で言い当てることはむずかしい.もちろんマグマの活動が衰えて,このあと何も起こらないまま終息することだってあり得ます.


読売新聞6.25記事批評



1998.5.8//

気象庁発表の火山情報を整理しました.

1998 岩手山
7.07.1400 火山観測情報28 地震が多い状態続く
7.06.1400 火山観測情報27 7.5.1728にM3.4,1730にM3.0地震
7.03.1500 火山観測情報26 地震が多い状態続く
6.30.1500 火山観測情報25 6.30.0854に微動
6.29.1500 火山観測情報24 6.28.1741と1759に微動,16回の低周波地震
6.28.1400 火山観測情報23 6.27.1642に微動
6.27.1400 火山観測情報22 6.27.1005に微動
6.26.1400 火山観測情報21 地震が多い状態続く
6.25.1600 火山観測情報20 6.25.0754にも微動を観測.傾斜計とひずみ計の変化継続
6.24.1600 臨時火山情報2 低周波地震と微動を観測.「噴火の可能性もあり,」
6.19.1130 火山観測情報19 大地獄火口付近では,噴気温度の上昇と泥噴出跡
6.10.1400 火山観測情報18 地震が多い状態続く.予知連コメント
6.05.1400 火山観測情報17 地震が多い状態続く
5.29.1400 火山観測情報16 5.29.0456にM2.8,震度2の地震
5.22.1400 火山観測情報15 3.12からの傾斜計とひずみ計の変化継続
5.15.1530 火山観測情報14 地震が多い状態続く
5.11.1530 火山観測情報13 3.12からの傾斜計とひずみ計の変化継続
5.07.1645 火山観測情報12 5.07.0300頃にM3.3地震
5.06.1430 火山観測情報11 5.04.1130頃にM2.5地震
5.03.1430 火山観測情報10 3.12からの傾斜計とひずみ計の変化継続
5.01.1645 火山観測情報9 ヘリコプター観測をしたが異常なし
4.30.1400 火山観測情報8 傾斜計とひずみ計の変化が従来傾向に戻りつつある
4.29.1830 火山観測情報7 4.29.1500前から傾斜計とひずみ計の変化増
4.29.1650 臨時火山情報1 4.29.1500前後にM2.7を含む多数の地震
4.24.1500 火山観測情報6 傾斜計とひずみ計の変化継続
4.13.1400 火山観測情報5 傾斜計とひずみ計の変化継続
4.03.1400 火山観測情報4 傾斜計とひずみ計の変化継続
3.27.1400 火山観測情報3 傾斜計とひずみ計の変化継続
3.20.1400 火山観測情報2 3.19.0000頃から地震の回数増えた
3.17.1810 火山観測情報1 3.12から傾斜計とひずみ計に変化あらわれる


1998.3.19

岩手山 1/3,000 1995年10月以来,しばしば微動が観測されている.1998年3月12日から傾斜計と体積歪計に同時変化が観測されている.地下のマグマが目覚めようとしているのかもしれない.これから登山シーズンになる.山頂火口近くでは不意の爆発に十分注意したい.

岩手山では,1995年10月に微動が(おそらく初めて)観測されています.その後1996年6月10,11,12,17日にも観測されています.

過去には,1686.3.26にM2.5のスコリア噴火,1732.1.21に溶岩主体のM3.2噴火をしています.後者の結果として焼走り溶岩が生じました.

岩手山は盛岡市の北西20kmにあります.人口密集地が近いから,ハザードマップが事前に用意されるべき火山です.

岩手大学工学部の岩手山ライブカメラ


1997.12.23

岩手山 1/30,000 1995年10月以来,しばしば微動が観測されている.地下のマグマが目覚めようとしているのかもしれない.山頂に登るときは,わずかな変化にも注意を払いたい.