旧石器発掘ねつ造スキャンダルと日本の中期更新世火山灰層序

毎日新聞が11.05(日)にスクープした旧石器ねつ造スキャンダル(毎日新聞特集へのリンク)は,たしかに英国で発生したピルトダウン事件(1953年発覚)に匹敵する学術スキャンダルです.長く後世に残るでしょう.

ただし,このスキャンダルによって学術的影響を受けるのは考古学界だけです.火山学界への影響はまったくありません.1990年代前半に飛躍的に進展した日本の中期更新世火山灰層序と年代決定の成果に,このスキャンダルは影響しません.影響あるとすれば,前期旧石器ブームからおこぼれで研究費が来そうになった人にとって,それが消えてなくなることくらいでしょうか.わたしは,そのようなおいしい話からは無関係者です.


11.05毎日新聞スクープは,たしかに立派な仕事です.ジャーナリズムの世界で賞を獲得できるのではないでしょうか.きのうもきょうも新聞各紙が,ニュース記事としてだけでなく,社説やコラムでもこのことに言及しています.

しかし今朝(11.07)の毎日新聞三面の記事は,いけない.

毎日新聞2000.11.07(みだし:出土物年代測定▼前〜中期旧石器時代は「エアポケット」▼科学的根拠乏しく▼通じぬ「炭素法」「半減期」

この記事は,前〜中期旧石器時代(すなわち3万年前以前)の年代測定には科学的根拠が乏しいと主張しています.しかし「日本の中期更新世火山灰層序と年代決定」というこぢんまりとした学術分野で1990年代前半にあった飛躍的進展に,この記事はまったく触れていません.この記事は,扱った主題の本質をすっかり外してしまったと言わざるをえません.

1980年代までの日本の火山灰編年は,せいぜい10万年前までしか遡れませんでした.それが1990年ころから,30万年,50万年,60万年と,中期更新世(78万年前から13万年前からまでの過去を地質学はこう呼ぶ)のほぼ全体まで遡れるようになりました.その時代の巨大噴火で堆積した火山灰が次々と地層中に確認されて日本全国に追跡されたのです.

こうして日本の火山灰編年学は,ほぼ過去100万年間の時間目盛りを日本全国に提供できるようになりました(ただし北海道はまだ弱い).地層の上下関係は,揺るぎようのない事実です.下にあるものほど古い.そして一枚一枚の火山灰の噴火年代は,汎世界的な海洋同位体ステージとの比較によって(考古学的使用に耐えるだけ)十分精度よく決定されています.

このことについて詳しく知りたい方は,秩父小鹿坂遺跡のときに書かれた朝日新聞科学欄記事をお読みください.

朝日新聞科学欄2000.4.13(みだし:秩父・小鹿坂遺跡の年代推定▼房総半島の火山灰が決め手▼海底の地層と間接比較▼サンゴが助け▼軽石層に焦点)

前〜中期旧石器時代が「エアポケット」で,科学的根拠が乏しかったのは,おそらくそうなのでしょう(わたしは考古学者でないから,詳細はわかりませんが).しかし,その時代に堆積した地層の年代決定までもが科学的根拠に乏しいともし考えるなら,それは誤りです.たとえば秩父の尾田蒔(おだまき)火山灰直下のローム層の年代は,50万年前で揺るぎません(誤差±5万年程度).今回揺らいだのは,そのローム層から石器が出土した事実です.少なくとも二つの遺跡でそれが真の事実ではなく現代人の手によってねつ造されたものだったことを,毎日新聞が11.05に初めて世に出したのです.

「遺跡からの出土物の年代測定の難しさ」や「旧石器時代の地層は,現在の測定方法がカバーしきれないエアポケットに当たっていた」(毎日新聞11.07)だけが今回のスキャンダルを許したのではありません.今回のスキャンダルを許した主たる理由は,もっと別のところに求められるべきでしょう.20世紀末に生きた藤村さんがなぜ「神の手」を持ち得たか?1990年代前半にあった中期更新世火山灰層序と年代決定の飛躍的進展と無関係だったとは,思えません.彼は,それを巧妙に利用したようにみえます.

今回のスキャンダルに便乗して日本の中期更新世火山灰層序と年代決定の信頼度について理不尽な中傷がなされる場合,私はそれに徹底的に反論します.


なお,藤村さんに関する「うわさ」を私は数年前から知っていました.しかし,うぶな私は,今年2月26日に秩父であった小鹿坂遺跡公開へのこのこ出かけ,ここで写真レポートしました.乞うご批判.

早川由紀夫
群馬大学教育学部助教授(火山学)
hayakawa@edu.gunma-u.ac.jp
2000.11.07.1100/1250/1345/1755