岩手山の解説

早川由紀夫(群馬大学教育学部)

99.02.05.1310

火山噴火予知連絡会が気象庁で2月2日に開かれ,統一見解が発表されました.

「火山活動が長期化する可能性は残されており」と書かれています.「長期化すると思われる」と書いてないことに注意しましょう.これ以上の説明は,いりませんね.責任ある国の最高機関の発言がいつも慎重なのはどこの国でも同じです.

来年度から試行する予定だという火山活動度のレベルをいまの岩手山に当てはめると,「2か1」だそうです(朝日新聞2.3).記者会見の場で井田会長が質問に答えたらしい.

ついこのあいだまでは,「2」だと明言されていたことを思い出しましょう(朝日新聞98.11.3;共同通信99.1.23).


99.01.08.0850

岩手山の論理ツリーの,噴火しない確率の評価を75%から85%に変更しました.

この結果,噴火しない場合のリスクが1057,噴火する場合のリスクが1153と拮抗してきました.シナリオ別に見ると,噴火して山体崩壊するリスクが882であるのに対して,噴火せずに大地震によって山体崩壊するリスクが1020と,逆転しました.このことは,噴火よりむしろ(地震動による)山体崩壊を警戒するのが「経済的な」段階に入ったことを意味しましょう.

噴火しない確率を今回私が85%としたことに強い違和感を持つ方がいらっしゃいましたら,連絡ください.hayakawa@edu.gunma-u.ac.jp

エコノミストの景気見通し報道に習おうに書いたことを実践して,複数の火山学者による特定火山の近未来予測の表をここに公開したいと思います.


98.11.24.1010

岩手山の論理ツリーの中で,噴火しない確率の評価を70%から75%に変更しました.

リスクは全体的に減少しています.そのなかでも,噴火して山体崩壊するリスクに顕著な減少が見られ,噴火せずに大地震によって山体崩壊するリスクにずいぶんと近づいてきました.

岩手山が近い将来噴火するかしないかについて確定的なことは誰にも言えません.防災を職務とする行政者が,「近い将来噴火すると思って対策する」という態度をいまも貫くことは,しごくもっともなことです.職務を忠実に履行していると評価できます.

しかし一方で,商行為を生業としている民間人が知りたいのは,そのような職務上の発言ではなく,中立の立場からみた(結果がもたらす利害関係から離れた)噴火する/しない確率の評価でしょう.私の論理ツリーはそのような方たちに参考にしていただきたいと思って作成し,公開しています.


98.11.12.0710

ご注意,謹んで承りました.

対立する意見のどちらもリンクなさる岩手県総務部消防防災課の度量の広さに敬意を表します.


98.10.24.1150

岩手山の論理ツリーを公開します.


98.10.23.1740

毎日新聞岩手版10.22に私のインタビューが掲載されました.ハザードマップの色分けは「危険度の等高線」と,小見出しをつけていただきました.うれしい限りです.


98.10.20.1120

9日には,東側ハザードマップとともに,8ページからなる「火山防災ハンドブック」が公表されました.その2ページにある避難の緊急度マップはたいへん優れています.これは住民のことをよく考えて作られた図です.

「噴火が起きそうになったら」(5ページ)をみると,「噴火の危険が高い状況になったら」たいへん危険な火砕流や火砕サージがかならず発生するかのようにも読めますが,ほんとはそうではありません.岩手山が噴火しても(人家に届くような)火砕流が発生する確率は大きくありません.岩手山は雲仙のような火砕流はあまり出さない性質の火山です.火砕流の危険がほんとに迫ったときには,噴火後にしかるべき機関からその旨アナウンスされるだろうと思われます.このハンドブックを手にして「噴火したらすぐ火砕流を心配するべき」と,もし理解していらっしゃる方がいたら,それは過剰防衛です.火砕流の危険はそれほど切迫していません.


98.10.15.1240/10.18.1750

山形市で開かれた火山学会で10月5日に私が発表した現代都市への火山の危険をきょうの静岡新聞のコラム「大自在」が取り上げてくれました.

たいへん興味深いご意見をありがとうございました.

「犠牲者の数を試算する方法はかなり古くから採用されてきた」とありますが,これはもう少し説明が加わらないと誤解されやすい表現だと思います.たしかに「来たるべき東海地震」などの被害想定はすでになされています.しかし,今回私がおこなったのは,過去に起こった火山噴火とまったく同じものがいま起こったらどうなるかという計算です.計算結果は,過去に起こったその火山噴火で破壊された土地の上にいま何人の方が住んでいるかを示す事実(ファクト)です.このような試みは今回が初めてだと思います.

東海地震の想定死者数を静岡県が公表するときに「ショックに気を配った」そうですね.気を配ったけど住民にショックは生じなかったという先例が静岡県で積み上げられたと私は理解しました.そして一方で,「ショックに気を配った」ために不幸が起こったのが,1991年の雲仙岳です.「火砕流」ということばに気を配りすぎたことが43人の方の命が失われたことの主因だと私は考えています.「ショックに気を配」ることはもちろん推奨されますが,行きすぎは望ましくない結果を導きます.

「何万人,何十万人というレベルの予想死者の数がいとも簡単に公表される.困ることにそれを受け取る方もさしてショックがない」とおっしゃいますが,こうして静岡新聞のコラムに取り上げていただいたことも含めて,少なくない注目をいただいています.それらはどれも冷静なものです.火山学者グループがいま獲得している学術的知見を今回,社会にうまく伝達することができたと私は安堵しております.

「生きることへの執着心の希薄化」を心配なさる人には,危険が存在することを認め,その実態をよく知り,それにどう立ち向かうか,を考えることの重要性を理解していただけるものと確信しております.

もうすこし考えたので追記します.

免疫ができてしまって,ちょっとやそっとのショックでは感じなくなってしまった,と大自在氏は憂えていらっしゃったのだと理解が至りました.たしかにそういうことはありましょうが,個人にとっての危険の結果は死ぬか生きるかだけです.○か×です.つまりその災害で何人死ぬかは,個人にとってあまり関係ありません.個人にとっての最大(唯一?)の関心事は自分が死ぬかどうかです.ですから何百万人という死者数は,むしろ個人にとっては安心材料と受けとめられるのではないでしょうか.「人並み」「赤信号みんなで渡ればこわくない」です.むしろ死者数が大きいほうが,そういった危険を知らされた個人が受けるショックは小さいだろうと思われます.

実際に,東海地震説が社会の注目を浴びた20年前,静岡県では次のような東海大地震音頭という戯れ歌が流行したということです.

♪ あなたも死ねば 私も死ぬわ
  トーカイ 東海大地震
  みんなで死ねば こわくないない恐くない

地震は,あらかじめ対策しておけば生きのびることができます.したがって,対策できる人とできない人の間に格差が生まれます.一方,火山噴火は公平です.その破壊力は地震の比ではありませんから,その地域住民全員をほとんど例外なく殺します.対策してもダメです.事前にそこから逃げるしか生きのびる道はありません.現代都市の住民にとって,火山の危険を察知して事前に逃げることは個人レベルの努力ではおそらく不可能です.国あるいは地方自治体が(整然と)逃げる手はずを事前に用意しておくことしか,何十万人何百万人という人を火山の危険から助ける道はないでしょう.ですから,住民が受けるショックをうんぬんすることは,この場合は,適当でないように思います.事実を知ることによって行政官が受けるショックをいかにやわらげるかは検討されるべきかもしれませんが.


98.10.14.1800

昨晩気象庁で開かれた火山噴火予知連絡会のあとに発表された岩手山の火山活動に関する統一見解を読むと,岩手山が近々噴火する危険はまだ残っているが,その切迫感は一時より若干遠のいたと連絡会は判断したようにみえます.9月3日の地震で仕切りなおしになって,今年3月の危険レベルに戻ったと読むことも可能です.ただしいまは,3月のときにはほどんどなかった火山性微動があるという違いを指摘できます.

長期戦になるのでしょうか?


98.10.13.1400

9日に公表された岩手山火山防災マップの中の線引きには決定的な意味がないことをわかってください.自宅が線の外にあるか内にあるかで一喜一憂するのはおかしなことです.これらの線は等危険度線だと思ってください.想定に採用された1686年噴火より来たるべき噴火が強ければ,危険はこの線より大きく広がりますし,弱ければ縮まります.必ず1686年噴火と同じものが来るわけではありません.


98.10.12.1700

地球資源衛星1号(ふよう1号)が運用終了したって.これは,もうSARの画像が得られないってことかしら?だとしたら,たいへん残念.


98.10.10

きのう東側マグマ噴火の想定を含む岩手山火山防災マップが公表されました.この図が生かされて,岩手山の火山防災がうまくいくことを望みます.

防災マップの左側には,平笠岩なだれが破壊した地域を示す実績図(右図)も印刷してあります.それについて解説しましょう.

岩なだれとは,急峻な山が崩れて大量の土砂が一気に高速(〜100km/時)で流れ下る現象です.岩なだれの通過域は完全に破壊され,厚い土砂に覆われます.ですから生物が岩なだれに遭遇すると,生き残ることはたいへんむずかしい.この危険から身を守るためには,事前にそれを察知して逃げるしか手はありません.火山の下からマグマが上昇してきて山体を変形させるようなタイプの岩なだれは予知できますから,逃げる時間があります.1980年のセントヘレンズ山のときは,岩なだれの発生前に山体が100mも変形するという誰の目にも明らかな前兆が認められました.

今回公表された図を見ると,6000年前に盛岡市中心部が岩なだれに埋積された事実を知ることができます.盛岡市は,この平笠岩なだれ堆積物の表面およびそれが北上川に削られてできた平坦面上に建設されているわけです.盛岡市は平笠岩なだれがあったからこそ存在できたとも言えるわけです.

なお図の説明に書かれた平笠岩なだれの年代(6000年)は,放射性炭素法で測った経過年数です.その時代の放射性炭素時計は900年ほど狂っていたことがよく知られていますから,平笠岩なだれが起きてからの真の経過年数は,およそ6900年です(まあ,どちらでもこの場合はたいした違いではありません).

盛岡市はいま,この岩手山岩なだれの危険にさらされているわけですが,この災害の発生頻度は数千年に一回ととても小さい.住民ひとり一人がそれに備えて対策するのを期待するには低頻度すぎる.この災害危険の処理を住民の自己努力に期待するのは不適当でしょう.

しかし,いったん発生すると20万人の命が一瞬で失われる災害ですから,この危険の回避・軽減をどこかに請け負ってほしい.私は行政にやってもらいたいと思います.行政担当者のみなさん,考えてください.考えてみた結果,資金は有限ですから,「対策しない,万一の場合はあきらめる」という選択肢をとることになるかもしれません.考えた結果の結論なら,それでも(私は)納得できます.いやなことだから考えないという姿勢だけはとらないでほしい.

損害保険会社の方々にも,この危険対策を商品として検討していただけないかと期待します.現行の地震保険でカバーされるものなのでしょうか?

図のタイトルに「岩屑なだれ」とあり,説明には(がんせつ)と読みが書いてあります.この現象は,英語ではdebris avalancheと呼ぶことがセントヘレンズ山をきっかけに定着しましたが,日本語ではまだいろいろな呼ばれ方をしています.わたしは岩なだれをつかいますが,岩屑(がんせつ)なだれのほかにも,岩屑(いわくず)なだれ,岩屑流などと呼ぶ専門家もいます.雲仙岳の1991年噴火を機会に溶岩円頂丘を廃して溶岩ドームという用語が学界で認知されましたが,これにはマスコミの実績が大きかった.今回もマスコミが使用する用語が学界にフィードバックされることになるだろうと私は予測します(ですから,ジャーナリストのみなさん,お上手になさってください).

関連する解説→98.7.15,98.8.4現代都市への火山の危険


98.10.8.1730

盛岡市下水道部が作成した「盛岡市洪水ハザードマップ」を入手しました.中津川の氾濫は岩手山とは関係ありませんが,北上川と雫石川の氾濫には岩手山がこれから冬を迎えることから警戒が必要です.

2日間の雨量226mmで,2m以上水に浸かる地域がピンク色に示されています.県庁や盛岡駅はその中に入っています.


98.10.1.0750/10.9.1050

現代都市への火山の危険をごらんください.このページは8月6日につくったものです.ホームページからはすでにリンクしてありました.8月16日まで微少変更を繰り返しましたが,その後は変更していません.山形大学で開かれる日本火山学会秋季大会で,10月5日10時からの15分間で発表します.

この発表が朝日新聞10.4朝刊(社会面)に掲載されました.ただし,大阪本社版にはのらなかったようです.



  (カウント開始:1998年7月16日)