火砕流と熱雲の堆積物
Ignimbrites and Nuee Ardente Deposits
 
 
タウポ火砕流の中で起こったと考えられるプロセスを示した模式図
Wilson, 1985).
火山の噴火によって地表に吹き出した高温混合物の密度は,ときに周囲の大気の密度より重い.そのようなときその混合物は,重力に引かれてかたまりのまま地表面に沿って広がる.こうして発生する流れには少なくとも二種の類型が認められる.よく発泡したマグマの破片である軽石がおもに流れ下るものを火砕流といい,ほとんど発泡していない岩片ばかりが流れ下るものを熱雲という.火砕流はプリニー式噴煙柱が崩壊することによって発生し,熱雲は溶岩ドームや溶岩流の成長中に先端が崩落することによって発生する.

 火砕流は堆積物の数十%増だけ膨張した濃密状態で地表をはうように流れる.流れが濃密であるから,火山から何十kmも離れた地点まで10cm程度の軽石や2-3cmの岩片を運ぶことができる.濃密な流れの中では粒子の分級作用が効果的に働かず,流れていたときの状態がそのまま凍結されるように停止するから堆積物の分級が悪い.

  火砕流は,砂サイズの粒子を多く含み,しかも高温であるために水分による凝集が起こらない.したがってガスによる流動化(fluidization)が起こりやすい.流動化とは,凝集性のない固体粒子層の中を流体が上へ向かって流れるとき,粒子層に及ぼす流体の抵抗力がその粒子層の重さと釣り合って,いわば無重量状態が現出することをいう.流動化現象は火砕流のレオロジーに大きな影響を与えている.

 ニュージーランド北島で約1800年前に発生したタウポ火砕流の堆積物には,ガス流動化が激しく起こったことを示唆する堆積相が複数認められる.上の図は,ウィルソンが描いたタウポ火砕流の推定断面図である.火砕流は他の密度流と同様に頭部・腹部・尾部に分けられるが,上の図には頭部と腹部のみが描かれていて尾部は省略されている.
 
 空気を大量に取り込む頭部では激しい流動化が起きる.その結果,重い粒子ばかりが集積して一定の強度をもった塊をつくり,流動化した流れの中をすみやかに沈降したのち地表に落下してグラウンド層(ground layer)を堆積させる.とくに大量の空気を取り込んだときには激しい熱膨張が起こるから,火砕物がジェットとして前面から投出され,軽石礫に富み火山シルトを欠くジェット堆積物(jetted deposit)が堆積する.グラウンド層とジェット堆積物は火砕流堆積物の最下層をなし,あわせて第一層とよばれる.

 浮力によって上方に集積した軽石は大気に引きずられて頭部から腹部へ運ばれる.その一部は腹部の中に混入するが,大部分は表面に集積して軽石ばかりからなるいかだをつくる.腹部中の重い岩片や結晶は沈降して逆に頭部に巻き込まれる.ガス流速が遅いために弱い流動化しか起きない腹部からは,火山灰を主体とする基質中に軽石や岩片が散在する第二層がつくられ,第一層を覆って堆積する.この第二層が火砕流堆積物の主体を占める.その中には,堆積時の乱れによって腹部に混入した軽石いかだが軽石濃集部(pumice-concentration zone)としてレンズ状に挟まれることがある.腹部の中でも部分的に流動化が激しかったところには,チャネリングによってパイプあるいは不定形の塊が形成される.

 頭部と腹部の上面からは高温ガスとともに火山シルトが激しく排出される.それは火砕流の真上にサーマル雲をつくる.やがてこの火山シルトは第二層の上にゆっくりと降下して,第三層とよばれる薄層を形成する.この降下シルトは,火砕流そのものよりはるかに広い範囲に降下堆積する.

  この種の火砕流は運動能力が大きいから,大起伏の山地でも難なく乗り越える.高所を通過するとき,地表に接した境界層で強い剪断応力が働くため,頭部と腹部では堆積作用がほとんど起こらない.しかし尾部の境界層には剪断応力が弱い部分がかならずあるから,そこでは堆積作用が起こって地形を薄く覆う火砕流ベニア堆積物(ignimbrite veneer deposit)が流路に残される.
 1991年6月15日,画面左奥の山頂から火砕流(M5.8)が四方八方に広がり,最大200mの厚さで堆積した.山頂には直径3kmの火口が形成された.噴火直後には海のように広がっていた火砕流台地の表面も,この写真が撮影された二年後にはすでに浸食が進んで下流に土砂を供給している.左下に開いた大きな円弧状の崖は,高温の火砕流堆積物から発生した二次爆発によってつくられた.
(Pinatubo, Philippines, March 1993)
 火砕流堆積物にはふつう層理が見られず,火山灰からなるマトリクス中に軽石が乱雑に浮かんでいる.このような無層理塊状の断面が特徴である.
(十和田の八戸火砕流堆積物; Hachinohe ignimbrite of Towada)