中学理科の火山学習プログラム(短縮版)
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理科教育専修 宮永 忠幸
指導教員 早川 由紀夫
1.
はじめに
2004年9月,浅間山が噴火した。この噴火に際し,気象庁は火山活動レベルを3とし,周辺市町村は4km以内を警戒区域として立入を禁止した。しかし,4km以内に位置しながら開館している施設を訪れて落下した火山礫を見学する観光客や,「灰が目に入る」と言いながら降灰中にテニスをする観光客がいた。これらの実態を学校教育の見地から捉えると,中学校での火山学習が果たすべき役割とその学習内容を抜本的に検討する必要があると考えられる。
(1)義務教育における火山学習の実態
学習指導要領(文部科学省,平成10年)によると,義務教育における火山の学習は,小学6年と中学1年・3年で行うことになっている。ただし,中学3年「自然と人間生活」は災害についての調べ学習であり,第一分野の「科学技術と人間生活と」と組み合わせた選択扱いになっている。
平成15年12月、学習指導要領が一部改正されて,指導要領に示された範囲を超えた学習が認められた。にもかかわらず学校現場では,相変わらず教科書会社の提案した指導計画をそのままなぞった学習カリキュラムを作成しているのが実態である。また,発展的な学習内容として教科書会社が提供した資料に,火山噴火を取り上げた部分はない。さらに,地学を専攻した理科教員は現場では少数だから,火山噴火という現象を発展的に教えられる状況にはない。
(2)生徒にとっての火山学習
高等学校では,地学Tでプレートと関係して火山や地震を捉える授業があるが,教育課程の編成上,地学の授業を開設している高等学校はまれであり,開設していている学校でも選択制になっているなど,高校で火山について学習する生徒はほんの一握りである。
したがって,中学1年の「大地の変化」がほとんどの日本人にとって火山学習の最後の機会となる。火山に関する日本国民の常識は、中学1年での学習で決まるといっても過言ではない。
以上の2点から,中学1年の火山学習の内容を見直して,火山と自分の関わりを深く考えることができる火山学習プログラムを作成する必要があると考えた。
2.
火山学習プログラム作成の方針
次の方針にもとづいて火山学習プログラムを作成した。
(1)現場で授業実践が容易にできるように,指導計画を提示するだけでなく、使う教材も提供する。
指導計画には,「時数」「テーマ」「指導内容」「教材・コンテンツ」を示し,授業者が学習プログラムの全体構成を把握しやすいようにする。
(2)時数をやみくもに増やして他の単元の授業計画を圧迫することがないようにする。
教科書会社から提供されている指導計画で火山の学習に配当されている4時間に,発展学習分から5時間を加えて合計9時間で火山の学習をする。
(3)火山噴火の特徴がよくわかる内容にする。
本プログラムで教えようとする内容は,火山と噴火で実際に見られる事物・現象をもとに構成する。それらの事物・現象をどのように捉えれば良いかを示し,火山と噴火に対する適切な概念を構築することができるようにする。
(4)人間生活という視点からも火山の理解を深められるようにする。
火山の噴火や火山で見られる地層・地形などを科学的に理解するだけでなく,自分自身がそれにどう対峙するか,人間生活や社会と火山と噴火がどのように関わっているかという視点をもたせる。そこから,正しい理解のもとに自然と関わりながら生きていこうとする態度を育てたい。
(5)事物・現象を感覚的に理解できるようにする。
教室での授業では,いろいろな制約を受けながらの学習活動になる。たとえば、毎時間現地で学習することは困難である。そうした制約の中では、火山弾などの実物とともに、映像資料・モデル実験・ウェブ教材を用いることが効果的である。
(6)浅間山2004年噴火を取り上げる。
遠くの有名な火山や昔の大きな噴火だけでなく、地域の火山や最近の噴火を取り上げることも重要である。その例として浅間山2004年噴火を取り上げて、地域教材をつくるときのモデルになるように意図した。
3. 火山学習プログラム指導計画
先にあげた方針に基づいて作成した指導計画を表1に示す。
表1 火山学習プログラム指導計画 (全9時間予定)
時 |
テーマ |
教えたい内容 |
教材 |
1 |
○噴火とは,マグマが地表に出てくる現象 |
○PP「小・中学生のための浅間噴火2004」○エアバズーカ○コーラ噴火○火砕流動画 |
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○マグマが地表に噴火すると,溶岩か火山灰になる。 |
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2 |
○噴出物からマグマ中の鉱物結晶や揮発性成分の様子がわかる。 |
○火山灰○火山礫○パン皮火山弾○軽石○カルメ焼き演示実験 |
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3 |
○噴出するマグマの粘りけの違いで火山の形が違う。溶岩ドームと溶岩流 |
○弁当パック火山模型○カシミール3D |
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4 |
○噴火の様子は,マグマの性質や揮発性成分の振る舞いに関係がある。 |
○噴火動画・溶岩の写真○小麦粉火山噴火モデル |
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5 |
○火砕流には勝てない。 |
○火砕流動画 |
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○カルデラは大量のマグマが火砕流となってあふれ出したあと,地表が陥没してできた。 |
○WEB紙芝居(阿蘇山)○カシミール3D |
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○火山はくずれやすい。 |
○山体崩壊動画○WEB紙芝居(浅間山) |
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○火山がつくった土地の上に人間の暮らしがある。 |
○PP「火山がつくる土地と人間生活」○浅間山ぬりえ地質図 |
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6 |
○花こう岩は,マグマが地下でそのままゆっくり冷えてできた。(等粒状組織) |
○岩石標本○岩石薄片 |
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○安山岩は,マグマが噴出したため急に冷えてできた。(斑状組織)石基の部分はガラス。 |
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7 |
○火成岩の色は鉱物の種類と量でおおむね決まる |
○火山灰中の鉱物観察○岩石薄片の顕微鏡像○鉱物写真 |
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8 |
○小さな噴火はしょっちゅう起こるが,大きな噴火はめったに起こらない。 |
○NHK「10minBox」 ○生命に危険がおよぶ火山災害が起こった地域(早川,1993) ○ハザードマップ |
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○火山はふだんを眠って過ごす。 |
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○いったん噴火を始めると,それがいつまで続くか,どこまで大きく発展するか予想するのは難しい。 |
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9 |
○火山についての情報を,自分で得ることができる。 |
○インターネットによる調べ学習○ポータルサイト「火山の教室」 |
「時数」‥‥本プログラムの中の何時間目にあたるかを表す数字。「1時間」は,中学校で運用されている50分を単位とする。
「テーマ」‥‥その回の授業で取り上げる主な事物・現象を見出し的に表したもの。
「教えたい内容」‥‥その回の授業の中で,生徒に教えたい具体的な事柄。
「教材・コンテンツ」‥‥その回の授業で用いる教材やコンテンツ。
4. 授業展開
学校現場で使われている学習指導案の形式で,1時間ごとの授業についての@テーマAねらいB学習内容C展開を示し,さらに使用する教材・コンテンツについて解説を加えた。
以下に,火山学習プログラムで採用した教材・コンテンツのうちの一部を示す。
図1 PP「小中学生のための浅間噴火2004」 タイトル画面 |
【教材1】 PP「小中学生のための浅間噴火2004」
○火山噴火とは(マグマの噴出,噴出物,空振)○噴出物が高温であること○噴出物の大きさと飛び方○しばらくの間活動が続くこと(繰り返す噴火,火口の様子,火映)○過去の噴火史をPP(パワーポイント)シートにした。同時に,噴火の仕組みや空振をモデル実験で説明することにした。
【教材2】コーラ噴火,簡易真空実験器とサイダーによる減圧発泡実験
コーラの栓を抜いて降ると,溶けていた炭酸の発泡によって缶内の圧力が高まり噴出する。マグマ内の揮発性成分の発泡によって圧力が高まり,噴火のエネルギーとなることを説明するためのモデルとして利用できる。
漬物をつけたり食品を保存する調理器として市販されている簡易真空容器に,サイダーを注いで減圧ポンプを引く。減圧によって炭酸が発泡する現象を,マグマの上昇によって地殻からの圧力が減少して揮発性成分が発泡するモデル実験として利用する。
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図2
カルメ焼き パン皮火山弾(右上)と軽石(右下)の構造と似ている |
【教材3】カルメ焼き
加熱して水飴状になった砂糖に卵白と練り合わせた重曹を入れてかき混ぜると,発生した炭酸ガスによって膨らむ。
先に冷え固まってできた被膜が膨張によって破られ,表面に亀裂が生じる過程が,パン皮火山弾の亀裂の生じる仕組みと同じである。
また,カルメ焼きの内部は発泡によって軽石のような多孔質構造になっている。軽石がマグマ内に溶けていた揮発性成分の発泡によって膨張してできたことを容易に想像させてくれるモデル実験である
【教材4】小麦粉火山噴火モデル
マグマの粘りけと火山の形を考える資料として,検定教科書では石膏やケーキミックスを板の上にしぼり落とし,その広がり方を溶岩や火山の形に見立てる例が載っている。しかし,噴火によるマグマの流出というイベント性を表現するにはものたりない。
小麦粉に加える水の量を加減すると,粘りけの違いが生じる。粘りけの異なる練った小麦粉を,スチレンボードの下からしぼり出す。スチレンボードの上にきな粉を広げて地表に見立て,きな粉の層を突き破って小麦粉が出るようにすると,マグマが地表に出る様子を再現できる。このアイデアは,北海道立理科教育センターhttp://www.ricen.hokkaido-c.ed.jpの実践によるものである。
図3 弁当パック火山模型 |
【教材5】弁当パック火山模型
松村浩一(山口県防府市立華西中学校)の発案による模型で、地形が立体的に見える。堀・早川(2005)が,この教材を用いた授業実践の報告をした。
授業では昭和新山・桜島・大島・浅間・雲仙普賢岳・富士山から選んで作らせる。水平方向に対する等高線の間隔の比をほぼ一定にしてあり,火山の形を比べる授業で用いる。
5. 授業実践
本プログラム開発にあたり,太田市立南中学校において,2005年2月に9時間にわたって授業実践を行った。本プログラムの素案を学校現場で実践し改訂することで,授業で実際に使えるものにした。
この授業実践では,観察者を置き○火山に対して適切な説明がなされているか○生徒に対して興味をもたせるような教材や資料であるか○生徒が感覚的に理解しているか○1時間の授業時間に対して内容や構成は適当か,などを生徒の反応を中心に観察し評価した。
6.成果と今後の課題
この授業実践全体を総括すると,本プログラムの長所として次のことがあげられると考える。
(1) 実施授業数9時間は,他の単元の授業計画を大きく圧迫することがない。
(2) 教材や資料が豊富で,生徒が興味や関心をもって授業にのぞめる。
(3) 火山についての教材や資料から,火山と噴火に対して適切なイメージがもてる。
(4) 火山を,自然現象として捉えるだけでなく,人間生活と関わっていることを感じとることができる。
(5) 火山の危険度を定量的に理解させることができる。
また,今後の課題として次のことがあげられる。
(1) 9時間で消化するには内容や資料が多く,授業実践を通してさらに内容や資料を精選する必要がある。
(2) 火山に対する生徒の認識がどのように育ったかを検証し,本学習プログラムを評価する。
(3) 多くの学校現場で使われるようにするために,インターネットなどで公開して普及をはかる。
(4) 現場の教師の批判を受けることで,改善・発展させる。
7.おわりに
学習指導要領の縛りが緩やかになり,教師が学習内容そのものを見直していくことが求められている。しかし,それがなかなか成されない実態がある。学校社会の中の理論や経験だけで考えていたのでは,授業や学習内容を変革することはむずかしい。今回のこの研究は,教育現場からいったん離れ,火山学や社会的な視点に立って作ったものである。本プログラムで学ぶことは社会で生きて使える知識であり,自然をどう理解して生きていったらよいかを示唆すると自負している。教育現場に,具体的な形でしかも現場に合った形でこの学習プログラムを提案できたことには,大きな意義があると考えている。
2006年1月19日
群馬大学大学院教育学研究科に宮永忠幸が提出した修士論文
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